CALENDAR
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
対談 浅田弘幸×大森暁生トークライブ at D.B.Factory

 

 

 

 

去る2017年5月4日にカフェソードフィッシュが開催した、

漫画家・浅田弘幸さんと、彫刻家・大森暁生さんのトークイベントの模様、

全10回をまとめました。

ぜひご覧ください。

 

 

 

 第1回 黒い壁の中へようこそ(5/17 UP)

 第2回 義眼神父と火の頭蓋(5/22 UP)

 第3回 コラボレーションはトレードマークで(5/26 UP)

 第4回 アシスタント制と工房制(6/4 UP)

 第5回 やりたくない仕事はありますか?(6/6 UP)

 第6回 うみんちゅ君(6/7 UP)

 第7回 まんが道とはぐれ刑事純情派(6/10 UP)

 第8回 上村一夫さん(6/20 UP)

 第9回 浅田さんと大森さんに訊いてみたいこと(6/20 UP)

第10回 少し先の未来(6/20 UP)

 

 

 

 

 

| 対談 浅田弘幸×大森暁生 | 18:46 | - | - | pookmark |
対談 浅田弘幸×大森暁生(10)

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生トークライブ at D.B.Factory

花の咲く場所 -Flowers Always Bloom Somewhere-

 

 

 

 

 

 

 

去る2017年5月4日に開催した、

漫画家・浅田弘幸さんと、彫刻家・大森暁生さんのトークイベント。
人生の転機についてや、仕事に対しての向かい方など、いろんな経験をシェアしてくださったお二人の対談リポートも、いよいよ最終回となりました。

 


当日の司会として、また、このリポートの筆者として参加した私も、お二人の話の中から沢山のヒントをいただきました。
皆さんはどう感じられたでしょうか?

 

 

浅田さん、大森さん、
D.B.Factoryのスタッフの皆さん、
そして、足を運んでいただいた観覧者の皆さん、ありがとうございました。

また次の機会があることを願いつつ、最後はそれぞれのこれからについてのお話です。

 

 

司会・テキスト 大塚茂之(Cafe Swordfish)

写真 縣 ケンジ/ AGATA Kenji ※記事中、表記のないものすべて

 

 

※6/23追記:文中、讃岐国分寺さんのお名前が間違っておりました。

 申し訳ございませんでした。お詫びして訂正いたします。

 

 

 

 

 

 

 

第10回 少し先の未来

 

 

 

 

 

【司会】
浅田さんに伺いますが、お子さんが生まれて変わったことはありますか?

 

 

 

 


【浅田】
そうですねえ。自分の人生なんだから、自分が主役なのは当たり前じゃないですか。
これがねえ、子供が生まれると、ちょっとずつ主役の座を奪われるんです。

 

 

 

 

 

【客席】
(笑)

 

 

 

 

【浅田】
あれ? 気がつくと俺、脇役じゃねえか?って(笑)
主人公が交代してるんですよ。

最初それに馴染めなくて。

 


自分もまだ『テガミバチ』を連載してますから、アシスタント君たちもいて、そこで自分の表現を形にしているわけじゃないですか。主人公として先頭に立ってるわけです。
でもリビングに戻ると、完全に使いっ走り(笑)

 

 

まあ、そういう中で、だんだんとこう考え方も変わってきてですね。
脇役のキャラの方がかっこよくないか?と思い始めて。

 

 

 

 


【客席】
ああー。

 

 

 

 


【浅田】
主役より脇役の方が好きだったりするじゃないですか。
だから、いい感じの脇役になってやろうという考え方に変わってきましたね。
もう完全に主役は取られちゃいました。

 

 

 

 


【司会】
お子さんのキャラ、主人公っぽいですもんね。

 

 

 

 


【浅田】
主人公っぽいですねー。

この間、台湾にサイン会に行ったんですけど、子供がサイン書いてチヤホヤされてました(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【司会】
さて、そろそろ時間となりました。

浅田さん。昨年『テガミバチ』を完結なさって、それを記念した原画展も行われて大盛況だったわけですけども。

 

 

 


【浅田】
ありがとうございます。

 

 

 

 


【司会】
ファンの皆さんが今一番知りたいことだと思うんですが、今後のご予定は?

 

 

 

 

 

【浅田】
いくつかやっていることはあるんですが、今はまだ公表できない仕事ばっかりなんです。
アニメーションに関わったりもしてるんですが、それも先の長い話で。

並行して、もちろん自分の作品、ネームを描いてます。

 

 

 

 

 

【司会】
おお。

 

 

 

 

 

【浅田】
何個か絵本のアイデアもあるんで、それも少しずつ形にしていこうかと。
あそこに(会場内に設置された浅田さんのデスクを再現したブース)万年筆でざっくり描いたコンテみたいなものがあると思うんですけど、それは絵本のほんのちょっと、さわりです。

まだ分かりませんが、今までに比べると、もう少しパーソナルなものも描きたいなと思いながら、進めてます。
編集者さんはもちろん作品を売るという立場で意見を言ってくるので、今そことちょっと戦いながら作ってます。

 

 

 

 


【司会】
なるほど、今は戦われているんですね。

 

 

 

 


【浅田】
戦いですね。新しいものを作るときはいつだってそうなんですけど。………がんばろう。

 

 

 

 

 

【司会】
楽しみにしております。
大森さんの今後のご予定は?

 

 

 

 

 

【大森】
展覧会は、何十点も出店するような大きな個展から、数点だけ出品するようなものまで年中やってますので、もしご興味があればHPなど見ていただけたら嬉しいです。

 

 

大きな仕事としては、香川県にある讃岐国分寺さんという名刹(名高いお寺)があるんですけれども、そこの大日如来坐像の注文を受けてまして。

 

 

 

 


【司会】
仏像ということですか?

 

 

 

 

 

【大森】
はい。当時、空海の定義を全部盛り込んだ大日如来の像というのが今から1200年前にあったらしいんですけども、その京都にあったものが消失して以降、600年間、完全なものがなかったらしいんですね。先方様よりそれを作りましょうというお話をいただきまして、今制作を進めております。

 

 

 

 

 

【客席】
おおー。

 

 

 

 

 

【大森】
と言っても、当時あったものを単に復元するわけではなくて。
復元しようにも写真が残っているわけではないんで、どう表現するかは一任いただいているんですけども。
この仕事は2年くらい前から始めているんですが、もうあと2年くらいはかかるんじゃないかなと思っています。時々、途中経過をテレビで流してもらったりもしているんですけど、何かの形でいずれ皆さんにも見てもらえたら嬉しいです。

 


それから、もう少し先のことで言いますと、これは悪い意味じゃないんですが、展覧会というのは自分を知ってもらうためのプレゼンの場所だと思っていまして、それが結果として自分を必要としてくれる人や場所や仕事に繋がってゆく。けれど展覧会の仕事ばかりこなしていると、展覧会がゴールになってしまったり、または展覧会のために自分の中から無理矢理作品を湧き出させるようになって、それはもしかしたら本末転倒なんじゃないかという気がしているんですね。今後は展覧会を仕事のベースとしないやり方にしていけないかなと考えていて。
今46歳なんですけど、50歳になるまでに、少しずつそうなっていければいいかなと思っています。

 

 

 

 

 

【司会】
本日はありがとうございました。

最後に一言いただけますか。

 

 

 

 

 

【浅田】
今後も絵を描いて、漫画を描いて、それをみんなに観てもらえたら幸せです。
今日はありがとうございました。

 

 

 

 

 

【大森】
彫刻家の工房という、なかなか入る機会がない場所を楽しんでもらえたらと思っていたんですが、いかがだったでしょうか?
これをきっかけに彫刻とか美術に興味を持ってもらえたら嬉しいです。
今日はどうもありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 


こうして対談は終了しましたが、天窓から見える空が暗くなるまで、その後もお二人は物販をご利用の方にプレゼントしたイラストシートにサインを入れてくださいました。

 

 

 

 

 

テーブルに並んで座られた姿は、さながら婚約会見。

 

 

 

 

こんなポーズも(笑)

 

 

みんなに楽しんでもらいたいというお二人のお気持ちが、最後まで伝わってくる一コマでした。(了)

 

 

 

 

 

 

目次

 

 第1回 黒い壁の中へようこそ(5/17 UP)

 第2回 義眼神父と火の頭蓋(5/22 UP)

 第3回 コラボレーションはトレードマークで(5/26 UP)

 第4回 アシスタント制と工房制(6/4 UP)

 第5回 やりたくない仕事はありますか?(6/6 UP)

 第6回 うみんちゅ君(6/7 UP)

 第7回 まんが道とはぐれ刑事純情派(6/10 UP)

 第8回 上村一夫さん(6/20 UP)

 第9回 浅田さんと大森さんに訊いてみたいこと(6/20 UP)

第10回 少し先の未来(6/20 UP)

 

全10回を公開しました。

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生×Cafe Swordfish

スペシャルコラボアイテムのご注文はこちら

 

延長後のオーダー締切は

6月25日(日)夜10時まで

とさせていただきます。

よろしくお願いいたします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸 / HIROYUKI ASADA
漫画家。1968年神奈川県横浜市生まれ、鎌倉市在住。1986年に集英社月刊少年ジャンプでデビュー。
代表作に「眠兎」「蓮華」「I’ll」「テガミバチ」。アニメのキャラクター原案や、イラストレーターとしても活動中。
筋肉少女帯のCDジャケットや宮沢賢治作品、中原中也詩集の表紙など手掛けている。

https://twitter.com/asadercover

 

 

 

                                   Photo by Nojyo

 

 

大森暁生 / AKIO OHMORI

東京都出身 愛知県立芸術大学美術学部彫刻専攻卒業。
彫刻家 籔内佐斗司氏のアシスタントを経て独立。氏

国内外のギャラリー、百貨店、アートフェア、美術館等での個展や展示に加え、
多くのファッションブランドとのコラボレーションなど幅広く作品を発表。
フォトエッセイ+作品集「PLEASE DO DISTURB」(芸術新聞社)、
大森暁生作品集「月痕 つきあと」(マリア書房)を刊行。

akioohmori.com

 

 

 

      

                                ©️HIROYUKI ASADA, Cafe Swordfish

 

 

カフェソードフィッシュ / Cafe Swordfish
とある街の5街建てビルの屋上にあるという架空のカフェ、ソードフィッシュ。
その物語をモチーフに、様々なジャンルのクリエイターが創作活動を行う、コンテンツサイト&オンラインストア。

cafeswordfish.com

 

 

 

 

| 対談 浅田弘幸×大森暁生 | 15:37 | - | - | pookmark |
対談 浅田弘幸×大森暁生(9)

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生トークライブ at D.B.Factory

花の咲く場所 -Flowers Always Bloom Somewhere-

 

 

 

 

 

去る2017年5月4日に開催した、

漫画家・浅田弘幸さんと、彫刻家・大森暁生さんのトークイベントの模様を

全10回にわたってリポートします。

 

 

司会・テキスト 大塚茂之(Cafe Swordfish)

写真 縣 ケンジ/ AGATA Kenji ※記事中、表記のないものすべて

 

 

 

 

 

 

 

第9回 浅田さんと大森さんに訊いてみたいこと

 

 

 

 

 

イベントも終盤となったところで、せっかくなのでご来場のお客様からも質問をいただきました。
質疑応答のお時間です。

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

質問1

 

浅田さんへ。
先ほど家族がいると好きな車が持てないと仰ってましたが、好きに買えるとしたら何を買いますか?

 

 

 

 


【浅田】
何買おうかなあ(笑)いっぱいありすぎて。

そうですね、今だったらセリカ1600GTが欲しいかな。ブルーのやつ。
セリカはうちの爺さんが乗ってたんです。

 

 

 

 

 

【司会】
大森さんはもう乗りたい車に乗ってますもんね。

 

 

 

 

 

【大森】
いや、でも一日に一回、寝る前にネットで車のページを見るんですけど。

 

 

 

 


【司会】
あ、見るのは見るんですね(笑)

 

 

 

 

 

【大森】
どう絞っても、この先、欲しい車が8台以上あって。

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【司会】
まあまあ、ありますね(笑)
1年おきに乗り換えても8年かかりますよ。

 

 

 

 

 

【浅田】
それじゃあ、これから結婚は……ねえ?

 

 

 

 


【大森】
そうなんですよねえ。それを理解してくれる人って考えたら難しいですよねえ。
あれなんですよ、一番最初はサニー乗ってたんですよ。

 

 

 

 


【浅田】
おお、いいですね。

 

 

 

 


【大森】
サニー乗って、ジェミニ乗って、◯◯◯◯……(以下、遍歴が語られる)
あのー、無視してください(笑)

若い時は、変わった車に乗って行くと覚えてもらえるっていうのを、随分利用させてもらいました。
もちろん好きで乗ってるんですけど。

 

 

 

 


【浅田】
僕ね、初連載を取った時にバイクに乗ってたんですけど、編集長にバイクはもうやめろって言われたんですよ。
もし骨折でもしたら、雑誌に穴が開くから。
ダメだって、すっごい言われたんですけど、普通に乗ってました(笑)

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 


【大森】
僕もバイクは乗りたかったんですけど怖くて。友達がトラックに突っ込んで両手を骨折したんです。
そうそうそう、思い出した。学生の時に、スノーボードが日本に入ってきたんですよ。

 

 

 

 

 

【浅田】
シャレてますね(笑)

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【大森】
いやいやいや(笑)

で、スキーはうまくなくて行くのに気が引けてたんですけど、まだ入ってきたばかりのスノーボードなら下手くそでもいいだろうと思って、友達3グループぐらいに声をかけて、みんなで行くことにしたんです。
その旅行に行くちょうど直前に、籔内 佐斗司先生のところで「明日から来ないか」と言われたんです。
それで悩んでですね(笑)

 

 

 

 

 

【司会】
スノーボード行こうか、先生のアシスタントに行こうか(笑)

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【大森】
自分が誘ったのに「ごめん、俺、人生を取る」って言ってキャンセルして、みんなに顰蹙を買いました(笑)
それからスノーボードは一回もやったことがないです(笑)

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

質問2

 

作品を作るにあたって普段からアンテナをはっていることはありますか?
また、自分の中の「こういうもの」を表現したいということがあれば教えてください。

 

 

 

 


【大森】
木彫の一点ものが、300〜400点。エディション限定ものを含めると1500点くらいあるんですが、
彫刻の仕事を始めた当初からこの全てが自分の中にあったわけもなく、自分から溢れ出てきたものというよりは、わらしべ長者のように、この仕事をしたらこの人と出会いました、この人と出会ったら一個ヒントをもらいました、それでこの作品ができましたと。その繰り返しがずっとつながって今日まで来ている感じです。

 


自分に才能があるとすれば、スポンジみたいに、会った人から少しずつ何かを吸収するというのは得意な気がしているんですね。オリジナル作品を作る人って全部を自分のオリジナルだって顔をしたがるんですけど、必ず何かに影響を受けているし、僕はそれでいいと思っています。それを踏まえて自分らしいものに落とし込んでいけばいいんじゃないかと思います。

 


作品を作っていれば満足ってさっき言いましたけど、作品を作って発表したことで起こる何かが好きなんだよね。まさかこの人と知り合うとは思わなかったとか。
「彫刻作りという生業を通して、日々が充実し、自分の自尊心が保て、そして人間関係が豊かになること」っていうのが自分の幸福論なんですけど。
アンテナをはるというより、大事にしているのは、作品を作ることで得られる出会いや、その人たちからの影響ですかね。

 

 

 

 

 

【浅田】

僕はですね、最近ようやく映画を見たりとか、漫画を読んだりとかを少しずつ始めました。

というのも、(テガミバチの)連載をしていた10年間は、外から入ってくるものをかなり遮断して暮らしていたんです。余計なものの影響を受けて大事な連載がブレてしまうといけないと思って、自分の中にあるものだけで作品を作るというやり方をずっとやっていた。

なので、今はリハビリ中みたいな感じです。なんか、テレビを観てちょっとおもしろいなあ、とか。要は10年間引きこもってたようなもんなんで。

 


僕が連載していた雑誌(ジャンプSQ)はゴールデンウィークスケジュールっていうのがありまして、3月から4月下旬はほぼ外に出れないっていう状態になるんです。一歩も外に出ないで3週間ぐらい過ごしたりするんですよ。
だから今年は、外に出てみれば桜が咲いているし、春ってあったかいんだなあって感じる。
なんかくしゃみが出るなあとか、目がかゆいぞ、なんだこれって(笑)
そういう隔離されたところから出てきて、新鮮な経験を今していてですね。これをまた色々結びつけて、自分の表現にしていきたいなあっていうふうに思ってます。

 


でもね、なかなか漫画読むのって大変ですね。
今、いっぱいあるじゃないですか。
こんなにいっぱい漫画がある中からセレクトして読んでるって皆さんすごいなあと思って。
逆にこっちがアンテナのはり方を教えて欲しいくらいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

質問3

 

作品の完成地点はどうやって決めていますか?

 

 

 

 

 

【浅田】

基本的には締切日です。
完成してなくても、そこで完成っていう。

 


完成って、うーん、難しいな。今見てもちょっと直したいなってところはたくさんありますし。
締切日にいったん原稿を渡してしまうんですけど、そうすると、単行本で直すってなっても、以前のテンションではないことが多いんですよ。
間違いだったなっていうところは直したりしますけど、手を入れすぎてしまうと、作品のバランスが違うものになってしまうというか。

 


手塚先生は、本が出るたび直してたっていうエピソードがありますよね。気持ちは同じなんですが、実際やっちゃうと泥沼だと思うんで(笑)。
でも、この辺で置いとく、筆の置きどころっていうのはやはり大事なので、そこを冷静な判断で見極められたらいいなって思います。

 

 

 

 


【大森】

最近は締め切りに対する体内時計みたいなのがあって、半年なら半年、1ヶ月なら1ヶ月で、それに間に合わせるようにコントロールしています。

 


例えば動物なんかの作品では無造作に彫っているように見えて、これ以上手を入れるとせっかく生き生きしていたノミ跡が壊れちゃうなとか、嘘くさくなるなとか、そういう時はもうやめますね。

 


そこから僕の木彫は大体、漆で仕上げるんですね。その作業に入ると、漆っていうのは乾燥するのに一定の時間が必要で、一日に塗れる回数ってのが限られているので、そこからは一回目、二回目、三回目とマニュアル的に出来上がってくるんです。逆に言うと、その段階まで来ていれば、完成までそんなに悩むことはない。
最後は目を入れて完成なわけですけど、それもそんなに一筆入魂みたいな感じじゃなくて、最初に下地の漆を塗って、黒い漆を塗って、金を塗って、最後に黒目を描いてと、段階を追って淡々とやっているだけです。

 

 

 

 

 

【浅田】
淡々と?

 

 

 

 


【大森】
最初の頃は何度も描き直したりしましたけど、最近は大体一回で。

 

 

 

 

 

【浅田】
一筆入魂、うおー! みたいな感じはない?

 

 

 

 


【大森】
ないですね。

 

 

 

 


【浅田】
「ここに全てをこめるんだ!」(笑)

 

 

 

 

 

【大森】
ないです(笑)

 

 

 

 

 

【浅田】
でも、作品の目って一点一点違うじゃないですか。

 

 

 

 


【大森】
違いますね。

 

 

 

 

 

【浅田】
なかなか決まらないってことはないですか?

 

 

 

 

 

【大森】
あのー、また喋らないほうがいいって言われるかもしれないですけど(笑)

例えば、ファミレスって4人いたら4人分の温かい料理が同時に出てくるわけですけど、ハンバーグならハンバーグ、パスタならパスタ、同じ工程を一度にまとめてやったほうが効率がいい。
うちも個展の時やいくつかの展覧会を準備しているときには、複数の作品が一気に出来上がってくるわけです。
だから目を描くときも、一列に並べてこうやって……(笑)

 

 

 

 

 

【客席】
(笑)

 

 

 

 

 

【浅田】
作業だ……(笑)

 

 

 

 

 

【大森】
お医者さんが毎日涙を流していられないように、淡々とやるほうが、冷静にいつもの自分の力を出しやすいかもしれない。

 

 

 

 

 

【司会】
ただ、それは作品個々のイメージが明確だからでしょうし、もちろん技術があってこそだと思うんですが。

 

 

 

 

 

【大森】
もちろんそうなんですけど。
さっきの神通力の話で、ある日、突然それができなくなるんじゃないかと思うと……怖いなあ(笑)

 

 

 

 

続く。

 

 

 

 

 

目次

 

 第1回 黒い壁の中へようこそ(5/17 UP)

 第2回 義眼神父と火の頭蓋(5/22 UP)

 第3回 コラボレーションはトレードマークで(5/26 UP)

 第4回 アシスタント制と工房制(6/4 UP)

 第5回 やりたくない仕事はありますか?(6/6 UP)

 第6回 うみんちゅ君(6/7 UP)

 第7回 まんが道とはぐれ刑事純情派(6/10 UP)

 第8回 上村一夫さん(6/20 UP)

 第9回 浅田さんと大森さんに訊いてみたいこと(6/20 UP)

第10回 少し先の未来(6/20 UP)

 

全10回を公開しました。

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生×Cafe Swordfish

スペシャルコラボアイテムのご注文はこちら

 

延長後のオーダー締切は

6月25日(日)夜10時まで

とさせていただきます。

よろしくお願いいたします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸 / HIROYUKI ASADA
漫画家。1968年神奈川県横浜市生まれ、鎌倉市在住。1986年に集英社月刊少年ジャンプでデビュー。
代表作に「眠兎」「蓮華」「I’ll」「テガミバチ」。アニメのキャラクター原案や、イラストレーターとしても活動中。
筋肉少女帯のCDジャケットや宮沢賢治作品、中原中也詩集の表紙など手掛けている。

https://twitter.com/asadercover

 

 

 

                                   Photo by Nojyo

 

 

大森暁生 / AKIO OHMORI

東京都出身 愛知県立芸術大学美術学部彫刻専攻卒業。
彫刻家 籔内佐斗司氏のアシスタントを経て独立。氏

国内外のギャラリー、百貨店、アートフェア、美術館等での個展や展示に加え、
多くのファッションブランドとのコラボレーションなど幅広く作品を発表。
フォトエッセイ+作品集「PLEASE DO DISTURB」(芸術新聞社)、
大森暁生作品集「月痕 つきあと」(マリア書房)を刊行。

akioohmori.com

 

 

 

      

                                ©️HIROYUKI ASADA, Cafe Swordfish

 

 

カフェソードフィッシュ / Cafe Swordfish
とある街の5街建てビルの屋上にあるという架空のカフェ、ソードフィッシュ。
その物語をモチーフに、様々なジャンルのクリエイターが創作活動を行う、コンテンツサイト&オンラインストア。

cafeswordfish.com

 

 

 

 

 

 

| 対談 浅田弘幸×大森暁生 | 13:54 | - | - | pookmark |
対談 浅田弘幸×大森暁生(8)

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生トークライブ at D.B.Factory

花の咲く場所 -Flowers Always Bloom Somewhere-

 

 

 

 

 

去る2017年5月4日に開催した、

漫画家・浅田弘幸さんと、彫刻家・大森暁生さんのトークイベントの模様を

全10回にわたってリポートします。

 

 

司会・テキスト 大塚茂之(Cafe Swordfish)

写真 縣 ケンジ/ AGATA Kenji ※記事中、表記のないものすべて

 

 

 

 

 

 

幼い頃からの夢を叶えて漫画家になった浅田さん。
彫刻家になる前は全く別の職業を目指していた大森さん。
前回は歩んでこられた道の大きな違いを伺うことができました。

 

 

ここで、大森さんを今に導いた、大事な出会いのエピソードをもう一つ。

 

 

 

 


第8回 上村一夫さん

 

 

 

 


【司会】
今日は浅田さんがゲストということで、もう少し漫画に関連したことを伺いたいと思います。
先ほどのアパレルとのコラボレーションの話がありましたが、もともと大森さんが一番最初に異ジャンルの方との交流を持たれたのは、漫画家さんなんですよね?

 

 

 

 


【大森】
そうなんです。漫画家さんというか、本当は劇画家さんとお呼びした方がいいんですが、上村一夫さんという方がいまして。
本来の読者層は僕よりもっと上の世代だと思うんですが、
『同棲時代』とか『修羅雪姫』(※原作・小池一夫氏。クエンティン・タランティーノ監督がそのオマージュとして映画『キル・ビル』を作ったことで、世界的に知られるようになった作品)などを描かれた後、若くして亡くなられた方なんです。

 


その上村さんの『凍鶴』という作品がありまして。
近所の本屋さんでたまたまその背表紙だけ見えたんですね。
凍る鶴と書いて「いてづる」というのがやけに目にとまりまして。
僕、言葉から作品を作ることが多いんですけど、その言葉が目に飛び込んできて、手にとったのが最初ですね。

 


読んでみましたら、東京で、ある女の子が仕込みっ子という修行時代を経まして、一本芸者になっていく、そういうストーリーなんですけど、自分がその当時創っていた女性像ととても近い切り口で女性を描く漫画家さんが遥か以前にいらしたということに嫉妬というよりも嬉しさを感じまして。でも、作者の上村さんはもうその時点で亡くなられていたんです。

 


そこで、是非、上村さんの作品に対するオマージュ展をやりたいと思いまして、上村一夫さんの『凍鶴』から影響を受けて創った作品と共に『凍鶴』の原画をお借りしてそれを一緒に展示するという個展をやらせていただきました。

 

 

 

 

 

 

 

(大森さんのオフィシャルサイトへのリンク)

 

 

 

翼霊 ー凍鶴ー

 


ー月の風

 


月光の風



六月の風 ー凍鶴ー

 


水鏡の風 ー凍鶴ー
 

 

 

 

 

 

【大森】
その時に、ご本人はいらっしゃらないということで、著作権者の奥様とお嬢さんのところにご挨拶に行きました。

 


で、展覧会が終わった後に、ご本人にお礼が言いたいと伝えましたところ、お嬢さんにお墓参りに連れて行っていただいくことになって。
行き帰りの車の中で、将来こんなことがやりたいんだ、あんなことがやりたいんだと、思いの丈を色々話していたら、それを覚えていてくださって。

 


その上村さんのお嬢さんが、たまたま、先ほどの照井さんのブランド、ケルト&コブラで働かれていたんです。

 

 

 

 

 

【客席】
おおー!

 

 

 

 


【浅田】
……つながりますねえ。

 

 

 

 


【大森】
それで後に、先ほどの『火の頭蓋』のお話をくださったと。

この件がそれからの他ジャンルの方とのお仕事のきっかけになりましたけど、自分からいろんなところにファイルを持って売り込みに行った結果とかではないんですよね。

やはりこれも自分にとって自然なつながりだったんじゃないかと思っています。

 


 

 

 

 

 

大森暁生コラム「PLEASE DO DISTURB」

2008.03.17「上村一夫さん」全文

 

 

 

 

 

 

 


□ □ □ □ □ □

 

 

【司会】
私事で恐縮なんですけど、私は自分がなりたいと思った職業になれていない人間なんですね。
その立場の人間から伺いたいのは、その職業に就くまでに、途中で諦めようとか、もうやめようとか思ったことはなかったですか?

浅田さん。

 

 

 

 


【浅田】
それは、ない、ですね。

今だとネットとか色々な発信方法があると思うんですけど、僕の当時は限られた雑誌しかなくて、漫画家なんて夢っていう時代だったんですよ。なれない人がたくさんいて、連載出来るなんて奇跡みたいな。
周りはね「またそんな夢みたいなことを」っていうんですけど、僕自身は絶対デビューして漫画家になると思ってました。ですから新人の時、どんなに編集さんにボロクソ言われても、諦めるとか、捨てるとかは考えられませんでしたね。とにかく「上手くなりたい」っていう気持ちの方が強かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


【大森】
僕は、やめたいっていうことに関していうと(この職業をやっている現在)割とちょくちょく思う(笑)
思うんですけど、じゃあ他のことと思うとですね、すごく辛そうなんですよね、他のことやっている自分を想像すると。それをするぐらいだったら、今やっていることをやろうと。

 


あんまり世の中と接点を持っていない若い頃っていうのは(作品を)作っている時間がほとんどで、作ってさえいれば満足なんです。
それがだんだん仕事として成立してきて、世の中との接点ができてくると、さっきも話しましたけど、あんまり乗り気じゃない仕事をどう乗り気にしていこうかとか、変なジレンマが生まれたりする。本質的には作っていれば満足なのに、それだけでは仕事として成立しないっていう。

 

 

 

 

 

【司会】
例えば他の作家さんだと、その作るところだけに没頭して、世の中との接点は誰かに任せるという判断をする方もいらっしゃると思うんですけど、大森さんはそうじゃなくて、世の中との関わり方もご自分で切り開いて活動されているわけで。でも本当は作るところだけに没頭したいって気持ちもあるっていう。

 

 

 

 

 

【大森】
ものすごいプロデューサーがいたら本当全部お願いしたいくらいなんですけど、そういう人とはそうそう会えるもんじゃないし、自分の相性の問題としては、今のところまだ会ってない…かなあ。
もちろん相性のいい画廊さんとは今もお仕事させてもらってるんですが、ただ、自分の全部を任せるっていうことは、それが誰であっても無理なんじゃないですかね。

 

 

 

 


【司会】
だったら自分でと。

 

 

 

 

 

【大森】
そうですね。それで自分では手がまわらないところをお手伝いいただくとか、助けてもらうっていう関わり方が、自分ではいいのかなと思いますね。

 

 

 

 

続く。

 

 

 

 

 

 

目次

 

 第1回 黒い壁の中へようこそ(5/17 UP)

 第2回 義眼神父と火の頭蓋(5/22 UP)

 第3回 コラボレーションはトレードマークで(5/26 UP)

 第4回 アシスタント制と工房制(6/4 UP)

 第5回 やりたくない仕事はありますか?(6/6 UP)

 第6回 うみんちゅ君(6/7 UP)

 第7回 まんが道とはぐれ刑事純情派(6/10 UP)

 第8回 上村一夫さん(6/20 UP)

 第9回 浅田さんと大森さんに訊いてみたいこと(6/20 UP)

第10回 少し先の未来(6/20 UP)

 

全10回を公開しました。

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生×Cafe Swordfish

スペシャルコラボアイテムのご注文はこちら

 

延長後のオーダー締切は

6月25日(日)夜10時まで

とさせていただきます。

よろしくお願いいたします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸 / HIROYUKI ASADA
漫画家。1968年神奈川県横浜市生まれ、鎌倉市在住。1986年に集英社月刊少年ジャンプでデビュー。
代表作に「眠兎」「蓮華」「I’ll」「テガミバチ」。アニメのキャラクター原案や、イラストレーターとしても活動中。
筋肉少女帯のCDジャケットや宮沢賢治作品、中原中也詩集の表紙など手掛けている。

https://twitter.com/asadercover

 

 

 

                                   Photo by Nojyo

 

 

大森暁生 / AKIO OHMORI

東京都出身 愛知県立芸術大学美術学部彫刻専攻卒業。
彫刻家 籔内佐斗司氏のアシスタントを経て独立。氏

国内外のギャラリー、百貨店、アートフェア、美術館等での個展や展示に加え、
多くのファッションブランドとのコラボレーションなど幅広く作品を発表。
フォトエッセイ+作品集「PLEASE DO DISTURB」(芸術新聞社)、
大森暁生作品集「月痕 つきあと」(マリア書房)を刊行。

akioohmori.com

 

 

 

      

                                ©️HIROYUKI ASADA, Cafe Swordfish

 

 

カフェソードフィッシュ / Cafe Swordfish
とある街の5街建てビルの屋上にあるという架空のカフェ、ソードフィッシュ。
その物語をモチーフに、様々なジャンルのクリエイターが創作活動を行う、コンテンツサイト&オンラインストア。

cafeswordfish.com

 

 

 

 

 

| 対談 浅田弘幸×大森暁生 | 13:36 | - | - | pookmark |
対談 浅田弘幸×大森暁生(7)

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生トークライブ at D.B.Factory

花の咲く場所 -Flowers Always Bloom Somewhere-

 

 

 

 

 

去る2017年5月4日に開催した、

漫画家・浅田弘幸さんと、彫刻家・大森暁生さんのトークイベントの模様を

全10回にわたってリポートします。

 

 

司会・テキスト 大塚茂之(Cafe Swordfish)

写真 縣 ケンジ/ AGATA Kenji ※記事中、表記のないものすべて

 

 

 

 

 

 

 

トークの前半と後半に挟まれた休憩時間には、お二人の仕事場を垣間見られるブースの展示が盛況でした。

 


大森さんが実際に仕事をされる上での定位置である「叩き台」と呼ばれるスペースには愛用の鑿(のみ)などの使い込まれた道具や作品の設計図が無造作に置かれ、普段なかなか見ることができない観覧者の興味を引いていました。
壁にかけられた熊とでも戦えそうな大鋸(おが ※丸太から板材を挽くための大きな鋸)や、廃材を利用する薪ストーブなども、木という素材を扱うことのダイナミックさを感じられたのではないかと思います。

 

 

浅田さんの仕事用デスクを再現したブースでは、画材だけなく愛用の小物なども置かれ、何気なく開かれていたノートが次回作用のラフだったりするという、さすがのホスピタリティ。
さらにはご本人のつけペンにインクをつけて実際に原稿用紙に描いてみようという神企画に周囲は一時騒然となりましたが、それを聞いた大森さんの「じゃあ、うちのチェーンソーとか使いますか?」の発言には爆笑が。

 


ちなみに休憩中のBGMは、当サイトの名前の由来のひとつになったトム・ウェイツの『ソードフィッシュ・トロンボーン』というアルバム。
どの場面で何の音楽をかけるか、当日までいろいろと考えていましたが、多分誰も聴いていなかったと思います(笑)
盛りだくさんで、それどころじゃなかったですもんね。

 

 

さて、ここからトークの後半ということになりますが、その前に、観覧席に資料を回覧しました。

浅田さんご本人がこの日のためにセレクトした最新の原画やラフ画が入ったファイルブック。
大森さんの作品集『月痕』。

同じくフォトエッセイ集『PLEASE DO DISTURB』。
そして、こんな機会はまずないと思われますが、大森さんの実際の作品を手渡しで観覧席へ。

 

 

 

 

 

 

両手に乗るくらいのサイズのウサギは木彫を原型としたブロンズ製。ずっしりとした重さと一緒に、そのノミ跡や質感を感じていただけたことでしょう。

 

 

 

 

大森暁生さんの書籍はこちらから。

 

 

 

 

 

 


第7回 まんが道とはぐれ刑事純情派


 

 

 

 

【司会】
(観覧席に本を渡しながら)
大森さんのこのエッセイ集『PLEASE DO DISTURB』なんですが、帯に「彫刻家なんかで喰っていけんのかよ?」って書いてあります。

 

 

 

 

 

【大森】
そう、まさにね。これは何かのインタビューの中の言葉をこの本の編集者が抜粋したもので、まさか帯に使われるとは思ってなかったです。
実は自分に対して言われた言葉なんですけど、これだと僕が美術業界にケンカ売ってるみたいですよね(笑)

 

 

 

 

 

【司会】
大森さんは彫刻家なんですが、多才で、書かれる文章も大変おもしろい。先ほどの「喰っていけんのかよ」という問いの答えは、是非この本を読んで確かめていただきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 


(映画『イル・ポスティーノ』のテーマ曲が流れる)

 

 

 

 


【司会】
では、後半のトークを始めさせていただきます。

お二人は今、漫画家さん、そして彫刻家さんとして生きていらっしゃるんですが、
まず浅田さんにお訊きします。漫画家になろうと思われたのはいつですか?

 

 

 

 

 

【浅田】
うーん……幼稚園、かな。

 

 

 

 

 

【客席】

おおー。

 

 

 

 

 

【浅田】
僕が育ったのはかなり特殊な環境で、それまであまり褒められるってこともなかったんですけども、
幼稚園の先生に絵をすごく褒められたんです。
多分それがきっかけだと思います。

 

 

 

 

 

【司会】
絵ということでしたら、他に画家という道などもあるわけですが、そこから漫画家になりたいと思うまでに、他に何か出来事があったんでしょうか?

 

 

 

 


【浅田】
当時、本屋さんて立ち読みできたじゃないですか。だから子どもの頃、毎日チャリで本屋さんに通って、もう片っ端から漫画を読んでました。漫画が自分の中で一番正しいものだったというか。

でも、その当時の大人たちって「また漫画を読んでるのか!」みたいなことを、ものすごく言いましたよね。

 

 

 

 

 

【司会】
あー、言われましたね。

 

 

 

 


【浅田】
たまにしか会わない親戚のおじさんとかにまで言われる(笑)

そんな中で、小学校3年生ぐらいに『まんが道』を読んだんです。
僕はこの作品がバイブルだってよく言うんですけど、本当に志が純粋で美しい漫画で、今でも大好きなんです。

 

 

 

 

 

(筆者・追記)
『まんが道』

藤子不二雄Ⓐ氏の自伝的青春漫画。二人の少年が漫画家を目指す物語。

 

 

 

 


【浅田】
作中で、主人公の二人が高校を卒業する頃に、手塚治虫先生のところに行くエピソードがあって。
当時っていうのは漫画家宛にファンレターを出すと作者に直で届くっていう素敵な時代で、二人が手塚先生に出したファンレターに、手塚先生本人も返事をくれるわけです。
そこで一大決心して手塚先生に訪問したいと手紙を出し、承諾されるんです。

そうして二人は夜汽車に乗って、富山から手塚先生の住む宝塚へ行くんですね。
で、先生のお家に行って、ご本人が出て来るんですけど、
「やあ」って出て来た手塚先生のバックに描かれてるのがね、宇宙なんです。

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 


【司会】
そこに宇宙があるという、すごい表現ですね。

 

 

 

 


【浅田】
全てがある、っていうね(笑)

先生は忙しいんで、ちょっと待っててと言って仕事を始めるんですけど、別の部屋で待たされている間に、先生が編集者に「あれ見せてあげて」って言って、二人に生原稿が渡されるんです。
それが『来たるべき世界』という漫画の原稿なんですけど、そこで「あれっ」てなるんです。
『来たるべき世界』は二人も読んだことがあって本来400ページの作品なのに、その渡されたものは1000ページあるんですよ。
編集者が言うには「あれは本当は1000ページあるのを400ページに凝縮させたものなんだよ」と。

 


プロの、売れっ子の、天才と言われている漫画家が、600ページを捨てるほどの覚悟で作品に取り組んでいると。
それに衝撃を受けた主人公二人が執筆中の手塚先生をハッと見るんです。
その後ろ姿、集中して原稿に向う姿が、めちゃめちゃかっこいい「ヒーロー」なんですよ。

 


二人は言うんですね。「来たかいがありました。僕たち最終の列車で帰ります」って。
せっかく遠くから来て、ろくに話してもいないのに、
「もう充分です。一刻も早く帰って漫画が描きたくなりました」と。
そんな二人の純粋さも、本当に清々しくてしびれました。

 


小さい頃から「漫画ってくだらない」って大人に言われて、学校の先生からも言われるわけじゃないですか。「漫画ばっか描いて」みたいな。
それが「漫画ってかっこいい!」って。こんなに凄い「誇っていいものじゃないか!」って思って。

 


僕、ネーム(実際に原稿にする前に、コマを割ってセリフを書き込んだコンテ)って、実際のページ数の3倍ぐらいの量を描くんですよ。
30ページの作品だったら、100ページぐらいのネームを描いた中でブラッシュアップしていく。
今でもそういうやり方が正しいと信じてるのは、さっきのエピソードが強烈に染み込んでいるからなんです。

漫画と向き合う姿勢というか、「志」の持ち方というか。あの藤子不二雄が憧れた過去の手塚作品っていうのも僕は『まんが道』で知りましたし、ここが漫画家としての自分の原点なんです。

 

 

 

 

 

 

 

 


□ □ □ □ □ □

 

 

【司会】
大森さんはいつ彫刻家になろうと思ったんですか?

 

 

 

 

 

【大森】
僕、クラスにひとりはいる、図画工作だけ成績が良くてあとはダメっていう典型的なタイプだったんですけど。

 


母親の話だと、小さい頃も油粘土をひとつ持たせておくと、あとは静かーに、作っては壊して、作っては壊してしてたから手間がかからなかったとかって言われて。覚えてないんですけど、そういうのはもともと好きだったんでしょうね。

 


幼稚園の時ですけど、昔ありましたよね、紙コップを逆さにして、くちばしつけて、糸巻きを中に入れてゴムでカタカタカタって動くペンギンの工作。あれを幼稚園でみんなで作った時に、くちばしを後からつけるのに山折と谷折りを駆使して作るんですが、それが理解できなくて結局作れなかったんですね。家に帰って、寝る時にそれを思い出して、布団かぶってくやし泣きをしました(笑)

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 


【大森】
勉強が出来なくても別に悔しくはないんですけど、そのことに関してはプライドが許さなかったらしくて(笑)
母親がびっくりしてました。
だから、単に作ることが好きっていうより、そこに何かあったんだなって思います。

 


小学校でも中学校でも、美術、技術、そう言った時間だけ大好きで。
大学に上がる時に、まあ付属の高校だったんで、本当はそのままスライドで上の大学に行けるはずだったんですけど、あまりにも勉強ができなくて上がれずに(笑)
浪人することになっちゃった。

 


それで、今後の相談ということで担任の先生から将来何やりたいんだって訊かれた時に答えたのが、さっき言った警察の鑑識の仕事でした。

当時、藤田まことさん主演の『はぐれ刑事 純情派』ってドラマが大好きでですね。
高校の時には、下敷きの中にそのチラシを入れていたっていう。

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【大森】
ねえ、下敷きに入れましたよね、そういうの。

 

 

 

 


【司会】
入れました。入れましたけど、『はぐれ刑事 純情派』は入れないですね(笑)

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【大森】
藤田まことさんもかっこよかったんですけど、たまに出てくる白衣を着た鑑識の人がかっこよかったんですよ。その職人的な感じが。

 

 

下町の檜オケを作る職人さんとか、そういう職人さん特集をテレビで観たりするのは大好きなんですけど、これは語弊があるかもしれないんですが、当時はそういう伝統をコツコツ、脈々と受け継いでいく職人さんというより、現代に直結したエキスパートという意味での職人さんに憧れていて。なぜかその向かう先が検死を行う鑑識官だったんですね。

でまあ、そこで骸骨が出てくるんですけど。

 


今はもしかしたら、3Dの何かでやるのかもしれないですが、当時『死体は語る』っていう鑑識の有名な本があって、えらい影響を受けたりして、鑑識官ってなんてかっこいいんだって。

 

 

 

 

 


(筆者・追記)
『死体は語る』上野正彦・著
監察医としての30年を超える経験に基づいて記されたノンフィクション。
検死・解剖を通じて解き明かされる真実の重要性を説いた法医学入門の書。

 

 

 

 


【大森】
それで担任の先生に鑑識の仕事がしたいですって言ったんです。
担任は体育の先生で、生活指導を担当していることもあって地元の警察と色々仲が良くて(笑)
その方面から調べてもらったら、まず美術大学を出なきゃダメだっていうことがわかってですね。
それまで、世の中に美術学校って、あるらしいことは知っていたんですけど、世間知らずで、どうやって入っていいかもわからなくて。調べていくうちに、まずは美術予備校っていうところで勉強しなきゃいけないということがわかって、そこにイヤイヤ行ったわけです(笑)

 

 

 

 

 

【司会】
イヤイヤ(笑)

 

 

 

 

【大森】
その予備校が、門の外で揮発性の液体が入った缶を一日中しゃぶってるやつとかいてですね(笑)
なんて荒んでいて、やなところなんだって思って。
一刻も早くここを出たいと思いながら、そこで2年浪人することになりまして(笑)

 

 

 

 

 

【客席】

ええー(笑)


 

 

 

 

【大森】
(笑)そこから愛知県立芸術大学ってところに入ったんです。
でも、浪人中も大学に行ってる間も、本当に美術の展覧会とか興味なかったんですね。自分の目的は鑑識官になることだったので。

 


で、その学校が周りに何もないところで、あまりにも春休みとか暇だったので、作品を作って公募展みたいなのに出したんです。それは出品料の5000円くらいを出せば、誰のでも並べてくれるんですけど。
そこに自分が作ったものを並べていたら、いろんなことを言われるわけです。あーだの、こーだの、お偉いさんみたいな人たちから(笑)
だけど、それに関して腹立つとか、嬉しいとかということはなくて、自分が作ったものに人が興味を持つってことが自体が面白くて、こんなことってあるんだ、って思ったんですね。その時点ではまだ鑑識官になるつもりだったんですけど、今考えると、後々作品を作っていくにあたっての、きっかけの一つになった出来事かもしれません。

 


それから先ほど前半でお話しした話に繋がるんですけど、籔内 佐斗司先生のところにお世話になることになって、所謂、本当に腕一本で食ってる、美術大学の中では見たことがない「作家」という姿を見ていたら、それが強烈にかっこよくて。
かと言って、じゃあ、今日から俺は彫刻家だって決心した記憶はないんですけど、そこでアシスタントをさせていただいてるうちに、気がついたら作家になろうと思っていたって感じですね。

 

 

 

 

 

 

【司会】
不思議ですね。鑑識から彫刻家にって、もともと描いていた道とは違う道を歩いている。でも、それが大森さんにとって悪い結果ではないんですよね。

 

 

 

 

 

【大森】
うん。そうですし、前の夢をどっかで諦めた、捨てたって思いもなくて。
自然とそうなっていたんです。

 

 

 

 

 

 


□ □ □ □ □ □

 


【浅田】
芸術大学って、目的が同じ人たちが集まっているわけだし、影響しあって何かやるってことはなかったんですか?

 

 

 

 


【大森】
たまたま僕がいた環境のせいだったのかもしれないですけど、なかったですね。
学校の中には、色々部活をやったりとか、飲み会をやったりとか、そういう一般的な大学生活を楽しみたいタイプと、一日中部屋に篭って出て来ない研究者みたいなタイプがいて。自分はどっちかといえば、後者のタイプでしたけど、その中で自分のオリジナル性をどうこうとか、自分の表現をどうこうよりも、大学ほど整った設備っていうのは、持とうったって一生持てないので、そこは割り切って技術訓練校だと思ってやってましたね。

 

 

 

 


【司会】
浅田さんの方は、先ほどの『まんが道』に出会って、そのままこう、漫画家になられたという感じですか?

 

 

 

 

 

【浅田】
そうですね。でも、まあ、それは子供の時ですから、そのあとサッカー選手や野球選手に憧れたことはありましたけど。
あと僕はプロレス大好きで、一時期プロレスラーになるぞって思ってました(笑)
新日本プロレス入るぞって(笑)

 

 

 

 


【大森】
僕、家でずっとタイガーマスクかぶってました。

 

 

 

 


【客席】
(爆笑)

 

 

 

 


【司会】
大森さん、ちょいちょい、なんか放り込んできますね(笑)

 

 

 

 


【浅田】
自分で作ったやつですか?

 

 

 

 


【大森】
いえ、近所のおもちゃ屋で買ったチャチなやつです。
家に帰ると、まずそれをかぶって。

 

 

 

 

 

【客席】
(笑)

 

 

 

 


【浅田】
そうなんですね。
大森さん、年齢的に(タイガーマスク)世代ですよね。

 

 

 

 


【大森】
そうですね。

 

 

 

 


【司会】
私はそんなに詳しくないんですが、
新日派、全日派ってありましたよね?

 

 

 

 

 

(筆者・追記)
アントニオ猪木が旗揚げし、ストロングスタイルを掲げた新日本プロレス。
もう一方が、アメリカンプロレスを源流とし、ジャイアント馬場が設立した全日本プロレス。
当時はその2大団体が隆盛だった。

 

 

 

 

 

【浅田】
僕は新日派。

 

 

 

 


【司会】
大森さんは?

 

 

 

 


【大森】
僕はタイガーマスクオンリーだったんです。タイガーマスクに憧れて。

 

 

 

 


【浅田】
ああー、結構にわかですね。

 

 

 

 


【客席】
(爆笑)

 

 

 

 

 

【大森】
(笑)最近は佐山聡さん(初代タイガーマスクの正体)の動画をYOU TUBEで見漁ってます。

 

 

 

 


【司会】
(笑)一貫してますね。

 

 

 

 

 

【客席】
(笑)

 

 

 

 


【浅田】
今もマスクを被ってるんじゃ(笑)

 

 

 

 


【大森】
(笑)浅田さんがプロレスラーになりたかったのは意外ですねえ。

 

 

 

 


【浅田】
なりたかったですねえ。
でも、あんまり大きくなれなかったし。まあ、実際になるための努力もできなかったんだと思うんですけど。

やっぱり漫画を描くのが大好きで、それはもう努力じゃないですもんね。好きなことをただ夢中でやってるっていう。
大森さんがずっと粘土を作ってたっていうのとおんなじ。うん。

 

 

あと他の職業って、何をどうしたら何になれるのか、それが見えにくかったんですよね。
映画が面白いから映画監督になりたい、でも、どうやったなれるのか、なり方がわかんない。
漫画はね、何ページ描いて、この雑誌に送ってって、それがはっきり見えてたんで。

 

 

 

 

 

【大森】
そういう情報は自然と目の前にあるようで、自分が本気だと、ちゃんと調べてるのかもしれないですね。

 

 

 

 

 

【浅田】
うん、そうですね。
そうなるために必要なことを、実は追求してるんでしょうね。

 

 

 

 

 

続く。

 

 

 

 

 

 

目次

 

 第1回 黒い壁の中へようこそ(5/17 UP)

 第2回 義眼神父と火の頭蓋(5/22 UP)

 第3回 コラボレーションはトレードマークで(5/26 UP)

 第4回 アシスタント制と工房制(6/4 UP)

 第5回 やりたくない仕事はありますか?(6/6 UP)

 第6回 うみんちゅ君(6/7 UP)

 第7回 まんが道とはぐれ刑事純情派(6/10 UP)

 第8回 上村一夫さん(6/20 UP)

 第9回 浅田さんと大森さんに訊いてみたいこと(6/20 UP)

第10回 少し先の未来(6/20 UP)

 

全10回を公開しました。

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生×Cafe Swordfish

スペシャルコラボアイテムのご注文はこちら

 

延長後のオーダー締切は

6月25日(日)夜10時まで

とさせていただきます。

よろしくお願いいたします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸 / HIROYUKI ASADA
漫画家。1968年神奈川県横浜市生まれ、鎌倉市在住。1986年に集英社月刊少年ジャンプでデビュー。
代表作に「眠兎」「蓮華」「I’ll」「テガミバチ」。アニメのキャラクター原案や、イラストレーターとしても活動中。
筋肉少女帯のCDジャケットや宮沢賢治作品、中原中也詩集の表紙など手掛けている。

https://twitter.com/asadercover

 

 

 

                                   Photo by Nojyo

 

 

大森暁生 / AKIO OHMORI

東京都出身 愛知県立芸術大学美術学部彫刻専攻卒業。
彫刻家 籔内佐斗司氏のアシスタントを経て独立。氏

国内外のギャラリー、百貨店、アートフェア、美術館等での個展や展示に加え、
多くのファッションブランドとのコラボレーションなど幅広く作品を発表。
フォトエッセイ+作品集「PLEASE DO DISTURB」(芸術新聞社)、
大森暁生作品集「月痕 つきあと」(マリア書房)を刊行。

akioohmori.com

 

 

 

      

                                ©️HIROYUKI ASADA, Cafe Swordfish

 

 

カフェソードフィッシュ / Cafe Swordfish
とある街の5街建てビルの屋上にあるという架空のカフェ、ソードフィッシュ。
その物語をモチーフに、様々なジャンルのクリエイターが創作活動を行う、コンテンツサイト&オンラインストア。

cafeswordfish.com

 

 

 

| 対談 浅田弘幸×大森暁生 | 11:52 | - | - | pookmark |
| 1/163PAGES | >>