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生と死を見つめる獣






その獣は己を破滅に至らしめる角を持っていた。
彼はそいつにもう一対、天を突かんばかりに芽吹く牙を与えた。


常に目前にある死と生。
忘れて踊る私たちにも、突きつけられている真実。


 

大森暁生展  Jamais vu – 未視感 – にて



彫刻家・大森暁生 オフィシャルWEB SITE


 


 
| 徘徊 | 04:32 | - | - | pookmark |
照井利幸ライブ情報







照井利幸の新バンド、Toshiyuki Terui & The Holy Blow のLIVEが、6月に開催されます。



チケットはいったんソールドアウトになりましたが、席数を追加しての開催が決まりました。
お申し込みはお早めに。(5/20現在)



Blankey Jet City,ROSSO,Signalsなど数々のバンド、ソロ活動を経て今まさに生まれたてのNEWバンド”The Holy Blow”と共に照井利幸が紡ぎ出す世界をご覧あれ。

 

Toshiyuki Terui & The Holy Blow 
メンバー/照井利幸(Gtr,Bass) サトウミノル(Dr) MIO(Viorin) 坂田かよ(SE) &guest



日時/2016.06.16(木)

会場/晴れたら空に豆まいて

開場/20:00

開演/20:30

住所/150-0034 東京都渋谷区代官山町20-20モンシェリー代官山B2

電話/03-5456-8880

WEB SITE/mameromantic.com

前売りチケット/4000円(+要1D)

当日/4500円(+要1D)

予約/(電話)03-5456-8880

     (メール)予約ホームより mameromantic.com/?cat=10




照井利幸オフィシャルBLOG



氏のショップ、THEREでは、2016A/W新作サンプルの展示オーダーを開催中です。
5月20日(金)〜29日(日)まで。
詳しくは こちら



THERE
〒153-0051 東京都目黒区上目黒5-4-8
TEL 03-6712-2255
FAX 03-6712-2256



※営業日が変更になりました。
定休日/毎週 月曜、木曜 それ以外の曜日が営業日となります。
営業時間/14:00〜20:00


 

| - | 03:31 | - | - | pookmark |
故郷
 


 もはやそれが余震による揺れなのか、吹き抜ける風によって揺れているのか、わからなかった。深夜の駐車場、軽自動車の運転席。街路灯の光で緑がかった暗闇の中、うとうとはするものの、地面から持ち上げられるような感覚で何度も目が覚める。



 風がうなり声をあげ、フロントガラスに小枝や砂の粒を叩き付ける。この状況に追い打ちをかけるように、予報ではさらに明け方から雨になるらしい。



 借りた軽自動車は狭く、シートを後ろに下げ、めいっぱい倒しても、足を伸ばしきることはできない。首の後ろに畳んだタオルを敷き、痛む腰の位置に脱いだパーカーをあてがってみる。窓は砂や蚊が入って来ないように締め切っているので息苦しい。べったりとした汗と油。日中の片付けで頭からかぶった綿ぼこり。みんなこんな想いをしているのだ、毎日。



 のどが乾いた。持ってきた水はすでにない。用も足したい。以前あそこにあったはずのコンビニは営業しているだろうか。この小さな公園の駐車場には、他にも車中泊をしている人がいる。向かいの建物はさらに多くの人が休んでいる避難所だ。こんな時間にエンジンをかけ、起こしてしまうのは忍びない。車から這い出るようにして、静かにドアを閉めた。



 やはり風が強い。夜の雲が走るのが見える。
 暗い駐車場から公園の敷地を横切り、線路を超える。コンビニがあったはずの更地を通り過ぎる。大きな交差点に出る。
 この町を横断する大動脈、国道57号線。
 歩道橋。点滅する歩行者信号。ここは中学・高校の通学路としても、社会に出て仕事を初めてからも数えきれないほど通った道だ。時間のせいもあるが、人も車もいないこの道を見るのは初めてだった。



 はるか遠くにコンビニの灯りが点いているのが見える。
 長く伸びた自分の影の下で、アスファルトがまた揺れた。





 羽田を立ち、着いたのは昼の2時過ぎだった。降り立ってすぐに、むっと感じる盆地特有の湿度。
 空港は被害のあとを隠すこともないまま粛々と運行されていた。天井から剥がれ落ちたパネル。立ち入り禁止区域のテープや、水道は飲料に用いないことの注意書きが貼られていた。



 地元の駅までのシャトルバスに乗ったのは俺ともう一人、年配の女性だけ。ドアを開けてくれたドライバーの男性は片足を引きずっていた。
 駅前は様変わりしていて、そこをスマホで確認するのは不思議な気分だった。



 まず、母が避難させてもらっている町の老人用施設に行った。そこのスタッフの方たち、そして母と一緒に避難している人たちに挨拶した。みんな疲れや心労がたまっているだろうに、思いの外、悲壮感を感じることはなかった。あるおばあさんは同居している息子の嫁との折り合いがよくないから、もうちょっとここに居させてもらうんだと笑った。先に自宅に戻ったというその義理の娘は、せいせいすると言いながら、その義母の好物を差し入れに度々来るのだという。一方で避難中に仮の公共窓口に離婚届を出した夫婦もいたらしい。



 そこの避難所は水や食料の不足はないと事前に確認していたので、お礼がわりに東京から持参した甘いものを差し入れたあと、母の運転する車で祖母が入院している病院へ向かった。
 車中、母に、私は何歳になったと思うと問われた。答えられなかった。母は笑った。



 祖母は腰を骨折していて、自分で起き上がることができなくなっていた。ベッドに横になったまま、家族のことなどしばらく話す。
 思えば、おばあちゃん子だった。祖母は共働きの両親に変わって時間や心を埋めてくれた人だ。
 手を握って、帰る前にもう一度来る約束をした。



 東京に比べて、西にある九州は日が長く感じる。実家に着いたときはもう夕方であるはずだったが、まだ午後半ばといった日の高さだ。
 家の内外、被害を確認して、限られた時間でできることを判断する。



 隣宅との境であるブロック塀はくずれた部分を撤去しなければならないが、危険、なおかつひとりでは到底時間が足りない。後日、知り合いの業者に頼んでやってもらうことにしよう。



 タンスや本棚などは元に戻しても余震でまた倒れる可能性がある。分割したり横に寝かせたりして、床に低く配置し直さなければならない。これがひとりでは骨だったが、ちょうどそのタイミングで高校時代の友人が来る。手には軍手をはめている。さて、やろうか、と。ありがたい。



 床に転がったままの古いテレビ。インターネットなど無縁な母たちにとって、テレビは大事な娯楽であり情報源、生活に欠かせないものだという。幸い本体は破損していないようだったので、起こして床に直に置く。台から落ちたときに千切れてしまった配線をつなぎ直す。



 風呂場の亀裂が地味にひどい。このままだと水漏れするだろう。ここも後日、業者に見にきてもらう。



 大きな家具類は片付いても、飛び出した中身まで整理する時間はない。震災で発生したゴミは町が特別に処分してくれるとのことだが、資源別に細かく仕分けなければならない。とりあえず、専用の色違いの袋をリビングの端に並べて、後日、母がやりやすいように準備する。



 友人が帰る時間になる。
 見送る前に、店内の半分だけ営業しているハンバーガーショップに寄った。
 コーヒーを飲みながら、今後のことについて話す。彼の両親は東京の兄さんの家に身を寄せている。
 彼の地元も甚大な被害を受けた。それはおそらく多くの住民の将来に関わる。



 実家に戻って母を連れ、いったん避難所に戻ってから、むかし仕事でお世話になっていた和食屋に行く。母は避難所で食事を提供してもらってはいるが、その日は好きなものを食べてもらいたかった。
 刺身と焼き魚の定食を出してもらう。胃を切っている母は小食で、全部は食べられないと言うのでごはんを半分もらう。彼女は、魚もおいしいが、あたたかいみそ汁とお茶がうれしいと言った。
 隣りの席の酔った男が高校の後輩だということがわかる。聞けば彼の家は全壊して、庭で生活しているという。
 帰り際、マスター夫妻が母に、袋一杯のドーナツと、枕崎の鰹節のパックを渡してくれる。翌朝、避難所の人たちと分けて、とても喜んでくれたそうだ。
 避難所まで歩いて戻り、玄関先まで母を送って、となりの公園に停めた車のなかで一夜を明かす。





 翌日は雨の中、母と共に父の墓を見に行った。
 傘を手に、ぬかるんだ坂を登りきってみると、軒並み倒れている墓石。その多くが台座から落下して大きく破損している。そのなかで、辛うじて我が家の墓は向きが変わった程度で無事だった。装飾の部分や外枠の部分は倒れているものの、墓石自体が無傷なのはありがたかった。ただ、雨で地面が不安定なこともあり、今日一日でどうこうできる状態ではない。建ててくれた業者さんに見てもらうという母の話しにうなずきつつ、手を合わせた。



 実家で、帰りの時間いっぱいまで片付けをしていると、連絡がつかなかった弟がひょっこり現れた。数日間ケータイが壊れていたそうだ。土産を押し付け、ブロック塀の件や、震災ゴミの持ち込みについてなど、事後の手配を頼んだ。
 彼が暮らす別の街の避難所は配給もなく、ここより厳しい状況らしい。観光地の宿泊施設に食材を納めていた彼の仕事は、得意先の多くが壊滅的な状況となり、今後の見通しが立たっていない。復旧を信じて、それまでバイトでもすると言う。彼と彼の妻もまた車で寝泊まりしている。



 飛行機の時間がせまる。



 再び訪れた病院で、祖母にまた来ると告げてから、母に駅まで送ってもらう。



 駅のロータリー。空港へのシャトルバスはもう出発する寸前だった。あわただしく母の車を降り、別れの挨拶もそこそこにバスに乗りこむ。



 バスの道すがら、窓の外には、いたるところ屋根の上のブルーシートが目につく。空港へ向かうこの道の先は、今回の地震で最大の被害を受けた地域に続いている。
 本当に身近でわずかなことしかできなかった。こんなにすぐ帰ってしまうことに後ろめたさを感じる。



 来てくれてありがとう。
 別れ際の母の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。



 飛行機の窓の下、変わり果てた故郷を闇が包む。




 

| ショート・ストーリーズ | 14:58 | - | - | pookmark |
大森暁生展 JAMAIS VU 開催と、熊本市動物愛護センター義援金について



(画像は大森さんのWEB SITEからお借りしました)



彫刻家・大森暁生さんの個展「JAMAIS VU」が現在、島屋新宿店にて開催中です。


島屋主要6店舗(新宿店・大阪店・京都店・名古屋店・横浜店・日本橋店)を巡回して開催される、
氏の3年ぶりの大型個展です。


詳細はこちら。


大森暁生展  JAMAIS VU -未視感-





そして、こちらも是非ご覧ください。


熊本地震に際しまして「熊本市動物愛護センター」への義援金のお呼びかけ

http://akioohmori.com/voice/kumamoto-gienkin/



関連して、当BLOG内、以前の記事から。

2011.05.11  その日を待つ命 
彼らの表情、今でも胸に焼き付いています。




私も熊本生まれなんです。
今回の地震には、正直、言葉がありません。


本当にわずかな時間しか行けませんが、
自分にできるかぎりのことをやってきたいと思います。

私事で、失礼。





(その他の関連記事)

2015.02.03  創造者たち 
大森さんと漫画家・浅田弘幸さんが出会った冬の日。


2009.10.16  THE EDGE
大森さんの工房にて。


2009.06.17  存在
このときの個展では、会場の音楽セレクトをやらせてもらいました。
BRAVE SONG を始めたばかりで、とてもありがたい仕事でした。

ちなみにこれが、ろくにカメラなんか持ったこともなかった私の、
ちゃんと撮ろうと思って撮った、初めての写真です。
大森さんが気に入って保存したと言ってくれて、うれしいやら、はずかしいやら、でした。



 
| NEWS | 06:28 | - | - | pookmark |
ダニー・マクベイン



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