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旅人たち

 

 

 

郵便受けをのぞくと、今日もアニーからの手紙が届いていた。

夫あての手紙と一緒に家に持ち帰り、封を開けて四つに折られた便せんを開いた。

中にはうすい紫の小さな押し花がはさんであった。

彼女はまた私の知らない街を訪れているらしい。

 

 

 

学生時代からの親友、アニーからの手紙を、私はこの数年間ずっと楽しみにしていた。

生まれ育ったこの街から出たことのない私は、主婦としての変わらない毎日を過ごしながら、度々届くアニーの手紙を読むことで、彼女と一緒の旅を夢想していた。

 

 

 

 

 丘一面に咲き誇っている菜の花。

 

 

 霧のような雨が降りそそぐ古都の城。

 

 

 羊をつれて歩く子供たち。

 

 

 どこよりも月が近くに見える峠。

 

 

 裏路地で見つけたお店のスパイシーなスープ。

 

 

 草原を横断する長い貨物列車。

 

 

 雪に隠された切ない恋。

 

 

 大聖堂の天井までを埋め尽くす、色とりどりのステンドグラス。

 

 

 

 

まだ見ぬ街への期待に胸を踊らせ、興奮気味のアニーのとなりを、私は微笑みながら共に歩く。

見上げた空は、果てなく広がっていく。

 

 

 

 

 

 

玄関先から夫と子供たちが帰ってくる声がして、私は旅のドアそっと閉めた。

 

 

 

子供たちの泥のついた服を脱がして洗濯かごに入れ、

はしゃぎ声の上からあたたかなシャワーをかける。

夫が子供たちの体を拭いてくれている間に、着替えの清潔なシャツと靴下を棚に置き、シチューの鍋に火をいれる。

 

 

 

家族そろってテーブルを囲んでの夕食。

子供たちは捕まえ損なったリスの話を聞かせてくれ、

私はその間もスプーンにニンジンを乗せて、彼らの口に運ぶ。

夫は日に一杯だけのビールを、心ゆくまで楽しんでいる。

 

 

 

子供たちが寝静まったあと、夫と、日々の生活で気になっていることや、うまくいかないことを語り合う。

たまに声を荒げたりもするが、ふたりは必ず笑顔でおやすみを言う。

次の日の朝、また笑顔でおはようを言うために。

 

 

 

 

 

 

迎えのバスが来て子供たちは学校へ行き、夫も仕事に出かけた。

私は朝食の後片付けを済ませ、洗いあがった洗濯ものを抱えて庭に出た。

 

 

 

裏返ったシャツの袖を引っ張り出しながら、ふと家の外を眺めると、

我が家の郵便受けの前にふたりの母子が立っていた。

長い髪を後ろで結んだ母親が、小さな娘の手を握っている。

 

 

 

アニーだった。

彼女はまた手紙を届けてくれたようだ。

そしてそれには、昨日の旅の続きが書かれている。

 

 

 

私はアニーに手を振った。

彼女も私に手を振った。

娘に腕を引っ張られたアニーは笑いながら、そのまま家の前を通り過ぎて行った。

シングルマザーの彼女は、これから娘をあずけて仕事へ行くところだ。

 

 

 

私たちは母としての人生を歩みながら、同時に旅の空の下を歩いている。

それはなんと贅沢なことだろう。

 

 

 

でもね、アニー。子供たちの手が離れたら、いつか本当の旅行に行きましょうね。

それまで私たち、がんばらなくちゃ。

 

 

 

私は真っ白になったシャツを、パン、と伸ばし、

彼女と私が歩く青い空にかざした。

 

 

 

 

 

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