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黄昏は朱く燃えて -Sunset Glow-

 

 

 

私の父、ハワードのことを振り返って真っ先に思い出すのは、

バンパーの曲がった車から漂う油の匂いと、彼のさみしそうな笑顔のことだ。

 

 


父は結婚する前からずっと土木現場で働いていたのだが、私が小学校の高学年になったあたりで体調を崩し、仕事を休みがちになっていた。月に何度かは病院へ通い、朝、元気に出勤したかと思えば、青い顔をして昼過ぎに帰ってきたりした。夕飯前に仕事から戻った母が、ポーチに脱ぎ散らかされた泥だらけの作業ブーツを見て、玄関先から大声で父の名を呼んだものだ。

 

 


あるときから父は、当時私が参加していた野球チームの練習を見にくるようになった。

彼の主治医が、気分転換に趣味の時間を設けることを勧めたからだ。

父はハイスクール時代、州の大会で優勝するようなチームの一員だったらしく、やるのも観るのも、なにしろ野球が大好きだったので、私たち兄弟にバットとグローブを与えたのは当然のなりゆきだった。

 

 


午後3時頃、車から降りた父は、いつも一塁側のフェンスの向こうから手をあげる。

ティアドロップのサングラスをかけ、日に灼けた額と美しいウェイブのかかった鈍いブロンド。洗ったばかりのシャンブレーシャツの袖をまくり、デニムを好まない父は、それにカーキの作業用ズボンを合わせた。

葉の青々としたナラの木の下、太い幹に背中をあずけ、腕を組む。野球と肉体労働で鍛えられた父の体躯は息子の私から見ても見事なもので、まるで映画スターのようだとうわさするチームの仲間たちに、私は内心、鼻を高くした。

彼はコーチのダフィに声をかけ、ひとこと、ふたこと、その突き出たお腹をからかいながら、胸ポケットから抜き出したラッキーストライクを一本くわえ、マッチを擦って火を点ける。

夏の強い日差しと木々の影。ときおり舞う砂埃と草の匂い。

 

 


影の伸びるグラウンドからの帰り道。まだ舗装されていなかった道路と激しいエンジンの振動に私たちは揺られた。

父の車はディーゼルエンジンで、燃料の軽油は会社からいくらでも支給されるのだと言っていた。

私と弟は全開にした窓から、炭のように燃える真っ赤な空と、そこに広がる紫色の雲を眺めた。

お腹も空いたし、母が待っているのはわかっているのだが、なんだかいつも、もう少し乗っていたい気分にさせられた。そんな私の心を察してか、父はよく家へむかう方向とは反対の道へハンドルを切った。

 

 

 

永遠に続くかのようなトウモロコシの深い谷の中を、私たちはお気に入りのテレビドラマの主題歌を歌いながら走り続けた。そこを突き抜けると、前方に広大な土地が姿を現す。

立ち入り禁止の看板の先には、視界いっぱいの岩肌と、恐竜にも似た重機たちの影。

車を降りて、それらを見渡しながら父は言った。
「お前たちが大きくなる頃には、ここはでっかい街になっているはずだ。学校、病院、スーパーマーケットに映画館。緑あふれる公園にバスケットコート。スケートリンクや、野球のスタジアムだってできるだろう。子供たちの未来をつくる新しい街。それに関われるのが父さんたちの誇りなんだ」

 

 


ある日、ショーンの小型ラジオが盗まれてしまった。

ショーンはチームの補欠で、コーチのダフィの息子だった。次の試合で私はスタメンから外された。代わりにセカンドのポジションについたのはショーンだった。理由を問いただそうと喰ってかかる私に、ダフィは目も合わせないまま「自分の胸に訊いてみろ」と言った。前々から同じラジオが欲しいと触れ回っていた私は、彼ら親子に疑われていたのだ。

 

 

 

他のチームメイトからそのことを聞いた父は、私を連れてダフィの店に怒鳴り込み、通路を後ずさる彼のエプロンをつかみ上げた。
「いいか、よく聴け。チームのオーダーはあんたの決めることだから文句はない。うちの子が実力不足なら、補欠にでもなんでもすればいい。だがな、この子の努力を踏みにじるようなまねや、人としての誇りを傷つけることは、絶対に許さない。忘れるなよ、俺は絶対に許さないからな」
普段おだやかな父のあまりの激昂ぶりに、ダフィは床にへたり込んだまま立ち上がれなかった。

息を荒くした父は、ポケットから革の財布を取り出し、折った紙幣とありったけのコインをダフィの突き出た腹にむかって投げつけた。
「勘違いするんじゃないぞ。これは今あんたの尻がつぶしている、ミンチ肉の代金だ」

 

 


帰りの車の中で私と父はずっと無言だったが、家に着く前の最後の交差点で、私は父に言った。
「僕、チームをやめるよ」
信号が青になった。

父は一瞬、私を見、それからアクセルを踏んだ。「そうか、じゃあ、別のチームを探さないとな」
「いや、ぼく、もう野球はやらないよ」
車が右折する間、ウインカーの音だけが聞こえた。
「そうか、わかった。お前がそうしたいなら、それでいい」
ハンドルを戻しながら、父は笑った。とてもさみしそうな笑顔だった。
「それから、父さん、あの、ラジオのことなんだけど…」言いかけた私の言葉を、父は厚い手の甲でさえぎった。
「もういい。俺はお前を信じてる。たとえ、お前が何をしたとしても、必ず父さんが守ってやる。それだけは忘れないでくれ」
そう言って父は、私の頭に手をのせた。硬く、重い手だった。私は下をむいてシャツの裾を噛み、あふれそうになる涙を必死でこらえた。
ラジオはその晩、庭のブナの木の根もとに埋めた。

弟も一緒にチームをやめたので、夕方のドライブはそれきりになってしまった。

 

 


父が死んだのは私がハイスクールのときだった。

冷たい雨の中、夜通しで仕事をして帰ってきて、眠っている間に心臓が止まってしまったのだ。

 

 

 

葬儀の日は輝くような晴天だった。父のために多くの人たちが来てくれた。年老いた人も若い人も、目を真っ赤にして泣いていた。父がどれだけ愛されていたのかが、よくわかった。だが、私はといえば、そのとき思春期のまっただ中だったこともあって、父とささいなことで喧嘩をし、亡くなる数日間から、まったく口をきいていないままの別れだった。

あんなに寛大だった父の、私が最後に聞いた言葉はこうだ。
「お前にはもう、このドライヤーは使わせないからな!」

 

 


けたたましいクラクションが鳴った。後ろに並んだ大型トラックからだった。

久しぶりに通ったこの道で、思い出の海の中を漂っていた私は、目の前の信号が変わっていることに気がつかなかったのだ。私はあわててサイドブレーキを戻し、鳴り続けるクラクションに煽られるように、つま先でアクセルを押し込んだ。交差点を越えて停車し、猛然と加速するトラックをやり過ごした。再び車を出す前に、ダッシュボードからケントを取り出してライターで火を点け、運転席の窓を少し開けた。

 

 


無数のテールランプの列。フロントガラスの中で移りゆく空と雲は、あの頃に見た美しい色合いを思い出させたが、ハンドルを切ったその先は、もうトウモロコシ畑ではなくなっている。

夕方の住宅地を照らすオレンジ色の光と、沈殿するいくつもの人生の影。

規則的に並んだ街灯ごしに見える高台は、分譲がうまくいかず、その多くが更地のまま残っている。

 

 


係員の誘導に従って敷地内に入り、空いている駐車場に車を停めた。

バックシートにあった上着をつかんで車から降り、建物の正面へ回って階段を昇る。

硬質ガラスの回転扉を抜けた瞬間に、誰かの怒号が聞こえる。

青い蛍光灯で照らされた廊下の奥へ、人が慌ただしく走っていくのが見える。

 

 


私は立ち止まって胸に手をあて、大きく息を吸い、吐き、そしてカウンターの中にむかって声をかけた。
「エクスキューズ・ミー」
私の声で、手元の書類を見ていた若い男が顔をあげる。
「どうされましたか?」。職業柄か、とても鋭い目をしている。
「ジェンキンズ警部を呼んでいただけますか。さっき彼から電話をもらったんです。すぐここに来るようにと」
男はうなずきながら黒い受話器を耳にはさみ、「お名前を」と言った。
「ハミルトンです。いま、ここに拘束されているラリー・ハミルトンの……父です」

 

 


ねえ、父さん。僕が奪ったのがラジオじゃなく、それが人の命だったなら、

父さんは僕を許してくれたかい?

お前を必ず守ると言ってくれたかい?

 

 


目の前で、ジェンキンズ警部がラリーにかけられた容疑について話している。

他の刑事から、何枚かの写真を見せられる。

あまりのことに、私はテーブルのコップを倒してしまう。

 

 

 

「ミスター・ハミルトン、大丈夫ですか? ミスター・ハミルトン、少し休みますか?」

 

 

 

 

 

Thanks For Inspiration : STEPHEN BRUTON『From The Five』(2005)

 

 

 

 

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