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ア・テイスト・オブ・ブラッド -A Taste Of Blood-

 

 


深夜の車道の真ん中に黒い犬の死体が転がっていて、何台もの車がその上を通り過ぎていった。飛び出た眼球、ちぎれた舌、つぶれた胴から飛び出した濁った赤と緑の内臓。それらは強烈なヘッドライトによって姿を現し、そして、また闇に消えた。

 

 

8階建てのビルの車道に面した暗い1室。開け放った窓枠にもたれかかった男がアスファルトの上で次第にすり減っていく肉のかたまりを見下ろしていた。

上半身は裸、氷河のような青白い肌に浮き出たあばら。はだしの左足を窓の外にぶらつかせ、色の落ちきったデニムは前のボタンが全部外れていて、へそからつながった陰毛が生ぬるい夜の風になびいている。赤く腫れたまぶた、青みがかったシルバーグレイの瞳、寝グセで跳ね上がった墨色の髪。こけた頬に無精髭をはり付け、薄い口唇の端に火のない煙草。

 

 

 

男の体ごしに見える部屋の奥にはアップライトのピアノがほこりをかぶっていて、その上に置いてあるアンテナの曲がった古いラジオが身悶えんばかりのアルト・サックスの音を響かせ、車が犬の躯に乗り上げる音がそれと重なるようにリズミカルに、しかし、ビルの反響で遅れて届いている。

 

 


部屋の奥で扉が開いて強い光のナイフが室内の青い闇を切り取った。男は目を細める。
狭まった視界に入ってきたのは、地上でもっとも美しい曲線である女の脚。熟れきった果実のような匂いとともにバスルームの湯気をまとい、厚手のタオルで濡れた髪と体を包んだ、白い肌の美しい女。

 

 

 

「ああもう、やっと帰った。いつもいつも、あの男、しつこいったらないわ。まあ、金離れはいい客だから、ネズミみたいな息のにおいだって我慢するけど」
自分を買った客を嘲笑する下卑た表情のなかにも、彼女はある種の澄んだ美しさを漂わせる。深い湖の底をのぞいたようなグリーンの瞳。雪山の頂を思わせる高い鼻梁。ただ、パパイヤのような肉感たっぷりの口唇を押し開くと二本の前歯の間にすき間があって、それは成熟した大人の女に残された唯一の幼さだった。

 

 


女は男の口から煙草を取り上げて、それをくわえた。
「どうしたの? 夜にしては音が大きすぎるわ。窓も開けたままじゃない」
女がラジオのツマミに手を伸ばそうとすると、男はその細い手首をつかんで、ぐいと引き寄せ、あげかけた声の出所を口唇でふさいだ。

床に転がり、落ちた水滴を吸い込んで消える煙草。

 

 

 

頭に巻いたタオルが解け、女の濡れた髪が顔の半分と細い首から背中までを滑り降りた。

男の荒々しい口唇に仕方なく応えていた女だったが、男の手がタオルの裾をめくり、まだ乾ききっていない股間に触れようとすると、男の胸を、どん、と突いた。

 

 


「やめてよ」
女はタオルの裾を押さえながら、後ろ歩きで距離を取った。男はそれと歩幅を合わせるように、ゆっくりとまた女に近づいた。まるで覚えたてのステップを確かめるビギナーのダンスのように。
女の背中が壁に触れた。男は女の目を見つめ、その腰を抱き寄せた。
耳元で男が囁く。
「よかったか」
女は身をよじる。男は両手で女の腰をがっしりと抱え込む。
「しつこくされるのが、よかったのか」

 

 


女は、何を言ってるの、と言いたげに、グリーンの目をぐるりと回す。

「いいえ。何も感じなかった。私は何も感じないわ。あなただってよく知っているでしょう?」
男の手が尻の肉を激しく掴んだ。そしてその奥の粘膜を引き寄せ、ざらついた指を這わす。
「い、いたい……」
「なあ、カミラ。明日は火曜日だぜ。パンケーキを食べなきゃな」
「ねえ聴いてよ、チコ。私、ついさっきまで仕事してたのよ。別の男たちのを何時間もくわえこんでたの。悪いけどそんな気になれないわ」
「バターをこうたっぷり塗ってさ、新鮮なベリーとバナナも添えて」
男の指が女の谷間を強引に開こうとする。
「ちょっと、 あんた、いい加減してよ! 自分の女を売っといて、そのすぐ後に自分もファックしようっていうの!」

 

 


女は息を飲んだ。

何かがはさまっていた。ごく薄い金属の冷たい感触。

ガサついた口唇を女の耳に這わせて男が言う。
「うるさいんだよ、ビッチ。俺が欲しいのか、欲しくないのか、どっちなんだ」
股間の異物がわずかに引かれた。チクリとした痛み。粘膜に貼り付く暴発寸前の狂気。

「……好きにしたらいいわ」

女は体の力を抜いた。

 

 


絶叫するアルト・サックス。弾け飛ぶ犬の頭蓋骨。
「飲み物はさ、あたためたミルクに蜂蜜をたっぷり入れて。ああ、たまらないよな、おい」
男の骨ばった肩越し、女は壁に刺したナイフの中の、夜を眺め続けた。

 

(未完)

 

 

 

 

 

Thanks For Inspiration : JOE HENRY 『Scar』(2001)

 

 

 

 

 

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