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対談 浅田弘幸×大森暁生(4)

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生トークライブ at D.B.Factory

花の咲く場所 -Flowers Always Bloom Somewhere-

 

 

 

 

 

去る2017年5月4日に開催した、

漫画家・浅田弘幸さんと、彫刻家・大森暁生さんのトークイベントの模様を

全10回にわたってリポートします。

 

 

 

司会・テキスト 大塚茂之(Cafe Swordfish)

写真 縣 ケンジ/ AGATA Kenji ※記事中、表記のないものすべて

 

 

 

 

 

 

 

 

第4回 アシスタント制と工房制


 

 

 

多くの漫画家さんには一緒に作品を作っているアシスタントさんがいるということは、わりとよく知られている事実かもしれませんが、彫刻家である大森さんも、スタッフさんと分業で作る工房制で作品を作られています。

 

 

自分の作品の一部を誰かに預けるということ。単に雇う・雇われるというだけではない、経験という繋がりについて。

当日お手伝いいただいたD.B.Factory のスタッフの方々と、観覧席では浅田さんの元アシスタントの方々が見守る中での、その共通点と差異についてのふたりのお話。

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【大森】
浅田さんがアシスタントさんとお仕事をされるようになったのはいつからなんですか?

 

 

 

 

 

【浅田】
僕が始めて連載をスタートした20歳の時です。

でもそれは1年半くらいで終わって。その時雇ってたのは一人くらいなんですけど。

 

 

 

 

 

【大森】
漫画家さんの業界では、アシスタントさんを雇うというのが一般的なんですか?

 

 

 

 

 

【浅田】
そうですね。漫画の連載って、人に手伝ってもらわないと成立しないんですよ。

今はコンピューターとかあって、随分手間が省けるようになったと思うんですけど、僕の時代はとにかくもう全部手作業だったんで、連載が始まるとアシスタントを入れて、終わると解散する、というのがふつうの形だったんです。

 


僕は月刊誌(月刊少年ジャンプ〜ジャンプSQ 集英社刊)で描いていたので、週刊で連載している人よりもっと手間のかかったものを、連載一回分のクオリティがより長持ちするものを描かなきゃいけないと思っていて。

『I’ll(アイル)』っていう作品は9年ぐらいやったんですけど、その間にアシスタントのメンバーが大体固まってきて、歳を重ねるごとに一人一人の技術がものすごく上がってきたんですよ。 その『I’ll』が終わった頃、僕は30代後半だったんで、少年漫画を描くのは次が最後かもしれない。なら、その連中で初回からクオリティの高いものをやろうと。始まる前から絵の方向性、コンセプトからみんなに説明して『テガミバチ』を始めたっていう感じですね。『I’ll(アイル)』とは画面の印象をかなり変えたので、古参のアシ君はめっちゃ困惑してました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【大森】

浅田さん自身もアシスタントの経験があるんですよね?

 

 

 

 

 

【浅田】

はい。

小谷憲一さんという、昔、週刊少年ジャンプで『テニスボーイ』っていう漫画を描かれていた先生のところで、18歳から2年半くらい。初連載のネームが通るまではずっとそこでアシスタントをやってました。

 

 

 

 

 

【大森】

その先生を選ばれたのはどうしてなんですか?

 

 

 

 

 

【浅田】

雑誌が同じだったんです、投稿した雑誌が。
で、家も近所だっていうことで担当(編集者)さんが連絡をくれて。


うーん、漫画の世界で「この先生に!」って希望して行くパターンってあるのかなあ?

 

 

 

 

 

【大森】

そうなんですか?

 

 

 

 

 

【浅田】

掲載誌の目次とかで募集をかけてれば、その目当ての先生のところに応募するってことはあるかもしれないですけど、それが叶うことがどれだけあるのかなって感じですね。
そこで人材としてストックされて別のところに、自分のテイストとはかけ離れた人のところに手伝いに行くこともありますし。

 

 

 

 

 

【大森】

はああ、そうなんですねえ。

 

 

 

 

 

【浅田】

そこはちょっと美術とは違いますよね。

 

 

 

 

 

【大森】

漫画家さんのアシスタントさんていうのはバックミュージシャン的なイメージなんですかね。割と職人的な。

もちろん、その人もいつかは主役にと思ってらっしゃるんでしょうけども。

 

 

 

 

 

【浅田】

ほんとピンキリですよ。助っ人で一日でパッと役に立つやつもいれば、長ーいこといてあまりの実りのないパターンもありますし。まあほんとにその人によるところですね。でも一つ言っておきたいのは、いくらアシスタントとしてのスキルがあっても、漫画家になれるかどうかはまた全然違うんです。ある程度の技術は何年かやれば習得出来るけど、作家性というのは、その人自身が磨いていかないといけないんで。

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【大森】

美術は、ただでさえ食えないっていうイメージの世界ですし、人を雇うなんてもう、もってのほか
なんですけど(笑)

 

 

自分は20代の頃、籔内佐斗司先生という彫刻家さんの元でアシスタントをさせて頂いていました。「せんとくん」のデザインをされた方という説明が一番わかりやすいかな。あのお仕事で一般的にも広く知られましたが、その前から美術界では大変な大先生だったわけですけれども、大学生の頃に作品を拝見して大ファンになって。
ファイルを持って工房に見学に行かせていただいて、働かせてくださいなんてとてもじゃない、考えもしなかったんですけど、そしたら作品のファイルを見てくださって、明日から手伝わないかって声をかけてもらって。

 

 

 

 

 

【司会】

明日から(笑)話が早いですね。

 

 

 

 

 

【大森】
帰ってから風呂ん中で1時間ぐらい悩みました。ヒザ抱えて(笑)

 


僕が入った時は5人ぐらいでしたかね。その籔内先生が工房制で作品を作られていたんです。

最後、僕が独立する間際には大きなお仕事が入ったのもあって、30人ぐらいの大所帯になってたんですけど。

 

 

 

 

 

【浅田】

30人!?

 

 

 

 

 

【司会】

工房制というと、まず作家の先生がいらっしゃって、それを支えるスタッフの方がいて、みんなで作品を作り上げる分業制というような。

 

 

 

 

 

【大森】

そうです、そうです。
僕は当時、アシスタントのイメージって、先生がこう放り投げた道具を後ろから拾い集めて回るとか、そういうのがあったんですが。

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【大森】

あんまりいいイメージじゃなかった。実際そういう作家さんを見てたことがあったんですね。

なので、そういうのはイヤだなと思っていたら、いきなり作品を磨かされたり、彫らされたりして。それでアシスタントってもののイメージがガラッと変わりました。

 

 

 

 

 

【浅田】

そこでそのシステムを学んだってことですかね。

 

 

 

 

 

【大森】

そうですねえ。ただ、そこの仕事をしていてすごく幸せだったんですけど、実は、将来的に自分がそのシステムをやろうとは全く思ってなかったんですよ。だからあんまりアシスタントとか工房制っていうことに関しては学ぼうって意識はなくて。もちろん他のことはいっぱい学びましたが。

 

 

それから、先生のところに8年弱ぐらいいた後、30歳で独立しまして一人でやっていたんですけれども、30代後半ぐらいになって、予期せぬことだったんですけど、ちょっと手を故障しまして、彫刻刀が持てなくなっちゃって。その時にその状態がいつまで続くのかわからなかったので、仕方なく、その時展覧会に来た芸大生の子に声をかけたと。

だから本当にもう手が治るまでの一時的な措置のつもりだったんです。

それが一緒に仕事をしてみると、大変なこともありますけど、楽しいこともあって。

その時に気づいたんですよ。自然と工房制ができてるということに。

 

 

でも、まわりを見渡してみると美術業界にはあんまりいなかったんです。工房制でやっている作家は。

 

 

(観覧席の)皆さんからすると、作家ってなんかこう、山の中で作務衣を着て一人でっていうイメージありません? そうすることで作品にそのままその人・作家本人の何かが強烈に入るみたいな。
そういうことを期待されるが故なのか、割と工房制っていうのは昔からちょっとこう軽く見られるってところは歴史的にはあるんですね。アール・ヌーボーとかアール・デコとかいう時代でも、工房制ってなると急に商業的になるというか。

だから、そうやって作った作品に対してお客様が「あ、これ自分一人で作ったんじゃないんだ」って言われることがあって、それがものすごくイヤと言いますか、一番屈辱的なことぐらいに思っていたんですね。昔は。

 

 

それから物理的に仕事量が増えて来まして(作品が)なかなか量産できるものではないので、ある程度需要に合わせることを考えれば、自分が作らなきゃいけないパーツであったり主人公に極力集中して、それ以外の任せられる仕事は、そこは分けてもいいのかなって。楽をするためではなく、あくまで需要に対応するための分業だと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【大森】

 

周りからは、うちは若い子たちと楽しくやっているように見えるらしくて。
で、スタッフをつけてみる友達もいるんですけど、その人から、
「アシスタントって、何を頼めばいいの」って言われて(笑)

 

 

 

 

 

【司会】

雇ったはいいけど、何をやらせたらいいのか(笑)

 

 

 

 

 

【大森】

そういうのを聞くと、うちは自然にそういう形ができたなあと。
それって、自分がアシスタントをやっていた当時の経験があってだなと、今になって思いますね。

 

 

 

 

 

【浅田】

漫画もね、アシスタントとして使われてそのシステムを学んで、自分が使う立場になった時にここは任せてもいいとか判断ができる。だからアシスタントの経験がない作家さんのところにアシスタントに行くと大変なんですよ。ムチャ振りがあったりとか。

 

 

 

 

 

【司会】

じゃあ、アシスタントを使って仕事をしようとする漫画家さんにとって、自分のアシスタントの経験て大事なんですね。

 

 

 

 

 

【大森】
将来的にその人のとこで働くアシスタントさんにとっても大事なのかも(笑)


まあ、自分が当時こう思っていたことを彼らも思っているんだろうなと。その辺は手に取るようにわかる(笑)
だから、いい関係ができるのかもしれないですね。

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【大森】

工房制を取る作家は多くはいませんが、普段ひとりでやられている作家さんが一時的にスタッフを使う場合はあるんです。例えば大きなプロジェクトが入った時だけ各美大に声をかけて、ワーっと一時的に集めて、終わったら解散みたいなことは多いです。

 

 

 

 

 

【浅田】

傭兵部隊みたいな。

 

 

 

 

 

【大森】

ああ、そうですね。ただ、同じアシスタントであっても例えばその単純作業を任せるだけだったら一時的に集めたスタッフでも事足りるかもしれないんですけど、非常にキザなことを言うと、さっきの動物の件で生きている / 生きていないで言うと、
最終的なね、目とか大事なところを作るのは僕にしても、全体に出るオーラみたいなものって、携わる人が愛情を持ってくれないと出ないんじゃないかなって思うんですよ。その愛情を、もちろん僕自身のレベルで持ってくれってのは難しいかもしれないですけど、ある程度の愛情を持って接してもらうためには一時的に集めた人たちでは無理なんじゃないかと。そう思うとスタッフとの日頃の関係も作品にとって大事なのかなあと。

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【司会】

今日の会場が大森さんの工房というわけで、大森さんのスタッフの方もこの話を聞かれているわけですよ。そして浅田さんの元アシスタントの方も会場にいらっしゃるという。

 

 

 

 

 

【大森】

単純に、おひとりで仕事するのと、アシスタントさんとやってた時とどっちが楽しいんですか。

 

 

 

 

 

【浅田】

そうですね、今は解散してひとりでやってますけど。
うーん。いや、楽しいのはひとりです。

 

 

 

 

 

【司会】(元アシスタントさんに向かって)

だそうです(笑)

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【浅田】

一番楽しいです(笑)

 

 

それはだってしょうがない。人と仕事をするっていう、それはやっぱり自分の大事なものを人に預けるわけですから、そこをどう割り切るかってところには葛藤があって、どうしようかな、やっぱり俺描いちゃおうかなとか(笑)ひとりだとそういう気苦労がないというか。
全部俺が描きゃいいよとか(笑)

 

 

それが漫画の連載となると、どんどん間に合わなくなってくるので、その時はそうやって人にお願いしてまたやるしかないのかなあと思ってますけど。

 

 

 

 

 

【大森】

僕も最終的にはひとりでやりたいなと思ってるんです。
工房制がイヤなわけじゃないですよ(笑)今後の関係のため一応(笑)
イヤなわけじゃなくて、今はそれを楽しんでます。

 

 

 

 

 

【司会】

そういうことを踏まえて言うと、今回のイベントをやらせていただくにあたって、工房のスタッフの方には事前準備から設営、運営のお手伝いまで大変お世話になりまして。皆さんの積極性が素晴らしいなと思っていたんですけど、その方達もですね、これから作家としての道を歩もうとしている人もいるでしょうし、いずれ独立ということがあると思うんです。

 

 

 

 

 

【大森】

もちろん。すでに作品の発表を始めているスタッフも、何人もいます。

 

 

 

 

 

 

【司会】

先ほどの漫画家さんがアシスタントを経験することで、アシスタントの使い方を学ぶということがありました。経験というのは素晴らしいことで。ここから巣立った後、それが生かされる時がきっとくると思うんです。そういう学びの場所でもあるのだなあと。

それがとてもまぶしく見えました。この天窓くらい(笑)

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 

【大森】

美術家って、本当に何度も言いますけど、食べれないわけですよ、若い頃は。

 


自分が若い頃、「彼は大森君っていって芸術家なんだよ」って紹介をしてくれる人がいるわけですよ。良かれと思って。
僕自身は自分の職業のことは彫刻家と名乗るようにしていて、芸術家とは言わないんですけど。

でも、「芸術家」だって紹介してくださる方がいるわけです。すると、すごいですね! て言ってくださる方もいるんですけど、世の中には「芸術家」って言葉にすごくカチンとくる人がいるんですよね(笑)
「え? だからなんなの? 芸術家って言って、食えてんの?」っていう人がいるんです。

 

 

 

 

 

【浅田】

ええ。わかります。

 

 

 

 

 

【大森】

こっちはそう紹介されただけなのに、向こうから急にトゲトゲした言葉を投げられる(笑)

 

 

それで当時は「まだ全然食べれてなくて」という話をすると、
「じゃあそれ趣味じゃん」てなるわけです。「ええ、今のところは」みたいな感じで答える。
でも、それじゃあ悔しいんで、頑張ってなんとかこう食べれるようになるわけです。一人でなんとか食べていけるくらいに。

すると今度はなったらなったで「いいよねー、好きなことだけやって食べてて」と言われる。

 

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【大森】

「芸術家って気楽でいいよねー」って人がいるわけです(笑)
そういう人が例えば100人の中にひとりいるだけで、とても気になる。性格的に(笑)

 

 

 

 

 

【浅田】

もっといると思います。「好きなことをやれていいよね」は、たしかに昔、よく言われたなあ。

 

 

 

 

 

 

【大森】

なので結果的にではありますが、怪我がきっかけで、経営的にはカツカツながらもスタッフ達と一緒に仕事をするようになって、やっぱりわずかでも世の中に雇用を作ったっていうことが、自分の中でびっくりするくらい大きい気持ちの変化だったんです。

当時はね、まだ雇用なんて言えるほど立派じゃないですけど、一応これで何を言われてももう、社会に貢献しているんだと、堂々としていられると。そこが一番大きくて。
工房制については、今ではそういうアイデンティティ的な面も大きいですね。

 

 

 

続く。

 

 

 

 

 

目次

 

 第1回 黒い壁の中へようこそ(5/17 UP)

 第2回 義眼神父と火の頭蓋(5/22 UP)

 第3回 コラボレーションはトレードマークで(5/26 UP)

 第4回 アシスタント制と工房制(6/4 UP)

 第5回 やりたくない仕事はありますか?(6/6 UP)

 第6回 うみんちゅ君(6/7 UP)

 第7回 まんが道とはぐれ刑事純情派(6/10 UP)

 第8回 上村一夫さん(6/20 UP)

 第9回 浅田さんと大森さんに訊いてみたいこと(6/20 UP)

第10回 少し先の未来(6/20 UP)

 

全10回を公開しました。

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生×Cafe Swordfish

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延長後のオーダー締切は

6月25日(日)夜10時まで

とさせていただきます。

よろしくお願いいたします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸 / HIROYUKI ASADA
漫画家。1968年神奈川県横浜市生まれ、鎌倉市在住。1986年に集英社月刊少年ジャンプでデビュー。
代表作に「眠兎」「蓮華」「I’ll」「テガミバチ」。アニメのキャラクター原案や、イラストレーターとしても活動中。
筋肉少女帯のCDジャケットや宮沢賢治作品、中原中也詩集の表紙など手掛けている。

https://twitter.com/asadercover

 

 

 

                                   Photo by Nojyo

 

 

大森暁生 / AKIO OHMORI

東京都出身 愛知県立芸術大学美術学部彫刻専攻卒業。
彫刻家 籔内佐斗司氏のアシスタントを経て独立。氏

国内外のギャラリー、百貨店、アートフェア、美術館等での個展や展示に加え、
多くのファッションブランドとのコラボレーションなど幅広く作品を発表。
フォトエッセイ+作品集「PLEASE DO DISTURB」(芸術新聞社)、
大森暁生作品集「月痕 つきあと」(マリア書房)を刊行。

akioohmori.com

 

 

 

      

                                ©️HIROYUKI ASADA, Cafe Swordfish

 

 

カフェソードフィッシュ / Cafe Swordfish
とある街の5街建てビルの屋上にあるという架空のカフェ、ソードフィッシュ。
その物語をモチーフに、様々なジャンルのクリエイターが創作活動を行う、コンテンツサイト&オンラインストア。

cafeswordfish.com

 

 

 

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