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対談 浅田弘幸×大森暁生(6)

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生トークライブ at D.B.Factory

花の咲く場所 -Flowers Always Bloom Somewhere-

 

 

 

 

 

去る2017年5月4日に開催した、

漫画家・浅田弘幸さんと、彫刻家・大森暁生さんのトークイベントの模様を

全10回にわたってリポートします。

 

司会・テキスト 大塚茂之(Cafe Swordfish)

 

写真 縣 ケンジ/ AGATA Kenji ※記事中、表記のないものすべて

 

 

 

 

 

 

 

第6回 うみんちゅ君

 

 

 


今回のトークの中でもハイライトのひとつだったのが、この「うみんちゅ君」のお話。

当日、会場にも設置されていた「光たちの肖像」と名付けられた動物愛護センターに保護されている犬や猫の作品群は、大森さんのアーカイヴにおいて異質な存在として知られ、個展で発表された当時の衝撃たるや一目見て落涙する人もいたほどでしたが、作者本人が語る事実にはまた違った側面があったのです。

 

 

(補足的に、大森さんのコラム「PLEASE DO DISTURB」から抜粋させてもらった文章を交えてお届けします)

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 


【浅田】
大森さんて、何を込めて彫刻を作っているんですか? 例えば、この子には何を込めて?

 

 

 

 

 

(浅田さんの後方に展示されていた「光たちの肖像」という作品)

 

 

 

 


【大森】
この2点の作品は自分の中ではちょっと特殊で。
それこそ、こういう(ロゴマークの)ツノの生えた狼なんかは自分の中の私小説を普遍化したファンタジーだったりする部分もあるんですけど、同じ動物でも、これはもろ、ドキュメントなんですね。
熊本県にある「熊本市動物愛護センター」というところを取材して、そこに保護されていた犬を作りました。

 

 

 

 


動物愛護センターという施設は、迷い犬猫、遺棄、そして飼育放棄により持ち込まれた犬や猫を引き取り、譲渡先を見つける世話をしたり、場合によっては殺処分を行う場所。しかしながら、一般的にはやはり殺処分場としてのイメージが強く、各自治体にこのセンターはあるものの、その多くは実際、殺処分場そのものと言っても過言ではないだろう。この国では年間30数万頭の犬や猫が殺処分されている、という事実からもそれは明白だ。


大森暁生コラム「PLEASE DO DISTURB」2011.06.21 「熊本市動物愛護センター」より抜粋

 

 

 

 

(筆者・追記)
大森さんが彫刻だけで生計を立るようになる以前、美術の授業を受け持っていた動物専門学校の講師から、ペット業界をはじめとした動物にまつわる闇を聞いたことがあった。愛護センターと呼ばれている施設が実際には殺処分を行なっているということへの違和感。ずっと引きずったままだったその気持ちにケリをつけるべく、氏は思い立って各地の愛護センターに取材を申し込んだ。そこに保護されている犬や猫を作品にすることを前提として。

 

 

 

 

 

 

【大森】

動物愛護センターというものは各都道府県にあって。身近な東京、神奈川、千葉あたりから調べて問い合わせたんですけど、軒並み取材NGで。なおかつ、それを日本橋の三越本店での個展で発表したいんだと伝えると、ますますそんなのOKが出るわけがなくて。そこで働いている職員の方が別に悪いわけじゃないんだけど、その人たちが悪者に見えてしまうような取材ですから、受けてくれるわけがないんです。

そうしているうちに、ある方から「熊本の愛護センターは殺処分0を目指す活動をしているんで、そこに問い合わせてみたらどう?」っていうアドバイスをいただいて。
それで電話しましたら、あっさり「あ、どうぞ」みたいな感じで、拍子抜けするくらい。それで取材させていだたいたんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一般的な愛護センターでは約1週間と聞いていたけれども、実際には4日目には所有権が無くなるらしく、つまりそこから先は誰かに譲るにしても、保護飼育するにしても、殺処分するにしても、それは各愛護センターの判断という事だ。実際、他の愛護センターでは収容頭数の都合上、4日目で殺処分される例も少なくないそうだ。
そんな中、ここ熊本市動物愛護センターでは、なんと長いものでは2年以上も保護飼育されている犬まで居るという。

 

 

前述の同コラムより抜粋

 

 

 

 

(筆者・追記)

熊本市動物愛護センターはその取り組みにより、殺処分0に限りなく近い実績を上げている。
一般的な処分に使われるガス室を、ボンベを撤去することで一切稼働できない状態にしてあるのがその意思表示だろう。
ただ、保護された段階で治る見込みのない病気に罹患していたり、譲渡や飼育が不可能なほどの凶暴性を持っている場合は麻酔薬による安楽死を施されることがある。麻酔薬の使用はガス室に比べて限りなく苦痛が少ない手法とされるが、年に数頭、そのようなケースがあることも現実である。
飼育が長期になればなるほどその費用が必要となるが、行政である熊本市の理解による予算枠や、個人からの寄付などのバックアップによってサポートされている。

 

 

 

 

 

 

【大森】
これは誤解してほしくないんですが、これらの作品は動物愛護団体的なこととか、慈善活動的なことではないんです。

僕はあまり、その子たちをかわいそうでかわいそうでしょうがないとか、もちろん、そういう気持ちがない訳ではないんですが、それだけが動機という訳でもなくて。

 


同じ犬や猫なのに、彼らは近所の犬や猫とは違う顔をしているんですよね。

皮肉な話なんですけど、単純に作りたい顔をしているんです。

作家としての意欲を刺激される、悪い言い方をすると下心的な部分も大きいので、あんまりその「いいことしているね」って言われても「そうじゃないんだけど」って。

 


ただ、こういう仕事(彫刻家)って、どこまでいっても、お医者さんとか消防士さんとか、世の中に不可欠な仕事をしてる人には頭が上がらない部分が自分の中にあってですね。まあ、その言い訳じゃないんですけど、自分の作家活動の中に、ひとつぐらい、そういうの(社会的に意味があると思えるもの)があってもいいんじゃないかと。

 

 

 

 

 

【司会】
発表された当時も拝見しましたが、ものすごく考えさせられる作品でした。
発表から随分経った今でも、その目、その表情が心に残っています。命を持った作品の持つ力というか。

 

 

 

 


【大森】
ありがとうございます。 この企画の展覧会は、観てくださった方の反応も、自分の当初の企画も、取材も、作っている時の気持ちもトータルで、こういうのが自分が思っていた「表現」なのかなって、今までで一番思える仕事でしたね。

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【大森】
ここに行って面白かったのは、行く前はどんな気持ちになるんだろって思っていて、逆に何にも思わなかったらやる意味はないし、行ってすごく暗い気持ちになるのかなって。

 


そしたらすごく明るいんですよ、ここ。また行きたくなるような。
悲壮感とか重い仕事をしている感じがなくて。もちろん、だからこそ、そうされているんでしょうけど、表向きはすごく明るくて、空気がすごくいいんですよ。ちょっと意外なくらい。

 

 

 



【浅田】
え、まって。この作品の中には、その「いい空気」を込めているってことですか。

 

 

 

 

 

【大森】
そうです。だから割とこう、明るい作品だと思っているんで。

 

 

 

 


【浅田】
明るい作品!?

 

 

 

 


【司会】
ええー!!

 

 

 

 


【大森】
いや、そこで働かれている職員の方が、親しみを込めて名前をつけるんですね、保護されている犬や猫たちに。

 

 

この子はね、うみんちゅ。うみんちゅ君。

片目をずっとつぶってんなと思ってたら潰れてたんですけど、犬なのに猫背なんです。猫背でずっとこうやって見てるんです。
いまだに何故「うみんちゅ」なのかはわからないんですが(笑)

僕が取材させてもらった1ヶ月後ぐらいにね、引き取り手が決まったんですって。

 

 

 

 


【司会】
おお、それはよかった!

 

 

 

 


【大森】
決まったんですけど、逃げ出しちゃったんです(笑)

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【司会】
うみんちゅが(笑)

 

 

 

 

 

【大森】
ええ、うみんちゅが(笑)

 

 

で、ある家からセンターに通報があって、見知らぬ犬が毎日家に来るんだと。
その特徴を聞くと、どうも、うみんちゅらしいと。

そしたら、その家にはすごいかわいいメス犬がいるんですって。
そこに毎晩、うみんちゅが来て(笑)

 

 

 

 

 

【客席】

(クスクス笑い)

 

 

 

 

 

【大森】

保護しなきゃいけないから、罠として檻を置いて、その中に餌を置いていても、なかなか入ってこない。

で、その雌犬のオムツ、そういうのがあるんですね犬用のオムツ。
それを置いといたら、うみんちゅが、

 

 

 

 

 

【司会】
あの、大森さん、大丈夫ですか、この話?(笑)

 

 

 

 


【大森】
一発で罠にかかったという。

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 


【大森】
そのエピソードを所員の方が楽しそうに話してくれるんです(笑)
(大森さんもやたら楽しそう)

 

 

 


【司会】
それを聞いた後だと、作品の見え方が違ってきますね(苦笑)

 

 

 


【浅田】
それ、どうなの。聞いた方がよかったのか、聞かない方がよかったのか(笑)

 

 

 

 

【大森】
保護されたうみんちゅ君、またしばらく猫背になってたらしいです(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 


シリアスなムードから思いもしない方向に逸脱していったエピソード。司会者の困惑はさておき、結果的に大森さんがこの作品で本当に伝えたかったところに着地してもらえたのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

ここでトーク前半部分が終了し、いったん休憩になったんですが、大きな笑いに包まれた会場の余韻の中で、作品名の中の「光」というポジティヴな言葉の意味が、ようやくわかった気がしました。
彼らは決して悲観的な存在ではなかったのです。

 

 

 

 

 

「僕の話かい?」

 

 

 

 

 

 

熊本地震で被災した同センターのサポートを行った大森さん。1年が経過し、その後を記録した個展を、今年の8月中旬、日本橋三越本店にて開催予定です。
ご興味がある方は是非今後のオフィシャルサイトなどをチェックしてください。

 

 

 

大森暁生 オフィシャルサイト

 


大森暁生コラム「PLEASE DO DISTURB」

2011.06.21 「熊本市動物愛護センター」全文
 

 

BRAVE SONG WEB JOUNAL「その日を待つ命」
 

 


 

 


次回よりトーク後半戦。
多くの共通点を持つお二人ですが、それぞれが歩まれた道に関して、大きく異なっている点が明らかになっていきます。

 

 

 

続きます。

 

 

 

 

 

目次

 

 第1回 黒い壁の中へようこそ(5/17 UP)

 第2回 義眼神父と火の頭蓋(5/22 UP)

 第3回 コラボレーションはトレードマークで(5/26 UP)

 第4回 アシスタント制と工房制(6/4 UP)

 第5回 やりたくない仕事はありますか?(6/6 UP)

 第6回 うみんちゅ君(6/7 UP)

 第7回 まんが道とはぐれ刑事純情派(6/10 UP)

 第8回 上村一夫さん(6/20 UP)

 第9回 浅田さんと大森さんに訊いてみたいこと(6/20 UP)

第10回 少し先の未来(6/20 UP)

 

全10回を公開しました。

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生×Cafe Swordfish

スペシャルコラボアイテムのご注文はこちら

 

延長後のオーダー締切は

6月25日(日)夜10時まで

とさせていただきます。

よろしくお願いいたします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸 / HIROYUKI ASADA
漫画家。1968年神奈川県横浜市生まれ、鎌倉市在住。1986年に集英社月刊少年ジャンプでデビュー。
代表作に「眠兎」「蓮華」「I’ll」「テガミバチ」。アニメのキャラクター原案や、イラストレーターとしても活動中。
筋肉少女帯のCDジャケットや宮沢賢治作品、中原中也詩集の表紙など手掛けている。

https://twitter.com/asadercover

 

 

 

                                   Photo by Nojyo

 

 

大森暁生 / AKIO OHMORI

東京都出身 愛知県立芸術大学美術学部彫刻専攻卒業。
彫刻家 籔内佐斗司氏のアシスタントを経て独立。氏

国内外のギャラリー、百貨店、アートフェア、美術館等での個展や展示に加え、
多くのファッションブランドとのコラボレーションなど幅広く作品を発表。
フォトエッセイ+作品集「PLEASE DO DISTURB」(芸術新聞社)、
大森暁生作品集「月痕 つきあと」(マリア書房)を刊行。

akioohmori.com

 

 

 

      

                                ©️HIROYUKI ASADA, Cafe Swordfish

 

 

カフェソードフィッシュ / Cafe Swordfish
とある街の5街建てビルの屋上にあるという架空のカフェ、ソードフィッシュ。
その物語をモチーフに、様々なジャンルのクリエイターが創作活動を行う、コンテンツサイト&オンラインストア。

cafeswordfish.com

 

 

 

 

| 対談 浅田弘幸×大森暁生 | 20:51 | - | - | pookmark |
対談 浅田弘幸×大森暁生(5)

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生トークライブ at D.B.Factory

花の咲く場所 -Flowers Always Bloom Somewhere-

 

 

 

 

 

去る2017年5月4日に開催した、

漫画家・浅田弘幸さんと、彫刻家・大森暁生さんのトークイベントの模様を

全10回にわたってリポートします。

 

 

司会・テキスト 大塚茂之(Cafe Swordfish)

写真 縣 ケンジ/ AGATA Kenji ※記事中、表記のないものすべて

 

 

 

 

 

 

 

第5回 やりたくない仕事はありますか?


 

 

 

やりたいことだけをやって生きていく。

そんな夢のような人生を誰しも願うわけですが、なかなかそうもいかないのが実際のところ。

それぞれ天職と言える仕事をなさっているお二人についてはどうなんでしょう。

今回のイベントが「やりたくない仕事」ではなかったことを祈ります……。

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【大森】
僕の作品は職人的と言われることも多いんですが、美術の世界が職人さんの世界と違うのは、「作品」として発表すると、技術があろうがなかろうが、世の中に需要があればそれで全てOKになってしまう。それは美術の素晴らしいところでもあり、怖い、危うさでもあるというか。

若いうちは、これじゃダメだと言われるような経験が、自分はあったほうがいいんじゃないかと思うんですよね。技術的なことに関していえば。

 

 

 

 


【浅田】
漫画の世界では編集者がいて、その人とのやりとりで作品を作っていくって過程があるんですよ。

僕がずっとやってきたジャンプみたいなところでは、その編集さんがOKを出さなければその上の編集長には全く通らないし、そうなると当然掲載される作品にならないわけで。本当にそこで苦労している若い子もものすごくいると思うんですけど。

彫刻家には、そんな存在っているんですか?

 

 

 

 

 

【大森】
それがまあ、本当は(作品を取り扱う)画廊さんであったりすれば一番いいんでしょうけれど、画廊さんていうのはもちろん作品を売るのが仕事ですから商業的なジャッジというのがあって、それだけをそのまま受けちゃうと、作家としては危ういこともありますよね。

 

 

 

 


【浅田】
すごい似てますね、それじゃあ。

 

 

 

 

 

【大森】
その編集者さんの能力もありますよね。

 

 

 

 


【浅田】
能力もそうだし、相性も大事ですね。でも編集者の基本は会社に利益をもたらす立場というか、その作品を売ることが目的ですから。そこと自分のやりたいことと、どうすり合わせるかっていう匙加減は、結構大きい問題ですよね。

 

 

 

 


【大森】
まあ、画廊さんであれば、作家を育てていこう、見守っていこうっていう人もいらっしゃって。そういう画廊さんは長期的に考えてくれる場合もあります。経済的な余裕ということが大きいのかもしれませんが、それがご時世的にだんだん世知辛くなってきている気はしますね。

 

 

若い作家さんには、そこでやっぱり良きアドバイザーとして二人三脚でやっていきつつも、自分の中で自分の仕事の基準……なんというか、仕事というのはそれぞれの幸せと直結している気がするので、その自分の幸せの基準まではブレないようにしてもらいたいなと思いますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【大森】

やりたくない仕事はありますか?

 

 

 

 


【浅田】
……(無言で笑顔)

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 


【大森】
あんまり聞いちゃいけなかったかな(笑)

 

 

 

 

 

【司会】
それは誰が得する質問ですか(笑)

 

 

 

 

 

【大森】
いや、それを乗り越えて今があるとか、そういうエピソードが聞けるかなと(笑)

 

 

 

 

 

【浅田】
そうですねえ。やりたくないことが、やらなきゃいけないことになった時に、いかに自分の方に引き寄せるかっていう。

そういう意味では、やりたくないことをやったことはない、ですね。

 

 

 

 

 

【大森】
ああ、ああ、はい。

 

 

 

 

 


【浅田】
全て、やっていいものに変えるしかないというか。
だって、言ってしまえば『I’ll』っていう漫画は、「バスケットボールのスポーツ漫画」という題材で渡されて。 それ俺に描かせる?って思った(笑)

 

 

でも、色んなことを突き詰めて考えているうちに、これだったら自分のものにできるっていうところに持っていって。連載後半はバスケシーンも、もっともっと描きたいと思いながら原稿に向かってました。

 


やっぱりその若い頃っていうのは、自分の全力でやりたいことに最初からOKを出してもらえるって、なかなか大変ですから。与えられたものをいかに自分の表現に変換するか、ということは常に考えていた気がしますね。そうすることで、結果的に自分が描きたいものにしていける。

 

 

 

 

 

 

【大森】
若い頃に「好きにやりなよ」って言ってくれる人もいるんですけど、自分は「あんまり期待されてないんだな」って受け取ってましたね。商業的にはね。そう言ってくれているのにくやしかったりして。

 

 

本来、作り手としては嫌うことなんでしょうけど、自分がやっていることをお金に変えようとしてくれている方が、自分が求められている実感があって。でも、そのために「こういうのを作って」と言われるとすごく反発しますけど。

 


あとは彫刻は、漫画もそうでしょうけど、手間がかかりますからね。イヤな仕事だと完成しないですよ、絶対。もう途中で嫌になる(笑) 気乗りのしない、これくらいの(小さい)作品より、本当にやりたい、作りたいなあっていうこんな大きなものの方がよっぽど早くできますから。

だから、そうなる前に、向こうの要望があったとしたら、それを揉んで揉んで、自分がこれなら作ってみたいというところまで持ってきてから始めるようにしてますね。

 

 

 

 

 

【司会】
そういうことで言えば、浅田さんのこのコラボイラストは、早かったですね。

 

 

 

 

 

【浅田】
はい。他に、先にやらなければいけないことがあるのに(笑)
大森さんから資料の写真をいただいた時に、うわあ、描きたい! と思って。

本当は何点か描こうと思っていたんですけど、それはさすがに、色々な人に怒られちゃうなと(笑)

 

 

 


続く。

 

 

 

 

 

 

目次

 

 第1回 黒い壁の中へようこそ(5/17 UP)

 第2回 義眼神父と火の頭蓋(5/22 UP)

 第3回 コラボレーションはトレードマークで(5/26 UP)

 第4回 アシスタント制と工房制(6/4 UP)

 第5回 やりたくない仕事はありますか?(6/6 UP)

 第6回 うみんちゅ君(6/7 UP)

 第7回 まんが道とはぐれ刑事純情派(6/10 UP)

 第8回 上村一夫さん(6/20 UP)

 第9回 浅田さんと大森さんに訊いてみたいこと(6/20 UP)

第10回 少し先の未来(6/20 UP)

 

全10回を公開しました。

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生×Cafe Swordfish

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延長後のオーダー締切は

6月25日(日)夜10時まで

とさせていただきます。

よろしくお願いいたします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸 / HIROYUKI ASADA
漫画家。1968年神奈川県横浜市生まれ、鎌倉市在住。1986年に集英社月刊少年ジャンプでデビュー。
代表作に「眠兎」「蓮華」「I’ll」「テガミバチ」。アニメのキャラクター原案や、イラストレーターとしても活動中。
筋肉少女帯のCDジャケットや宮沢賢治作品、中原中也詩集の表紙など手掛けている。

https://twitter.com/asadercover

 

 

 

                                   Photo by Nojyo

 

 

大森暁生 / AKIO OHMORI

東京都出身 愛知県立芸術大学美術学部彫刻専攻卒業。
彫刻家 籔内佐斗司氏のアシスタントを経て独立。氏

国内外のギャラリー、百貨店、アートフェア、美術館等での個展や展示に加え、
多くのファッションブランドとのコラボレーションなど幅広く作品を発表。
フォトエッセイ+作品集「PLEASE DO DISTURB」(芸術新聞社)、
大森暁生作品集「月痕 つきあと」(マリア書房)を刊行。

akioohmori.com

 

 

 

      

                                ©️HIROYUKI ASADA, Cafe Swordfish

 

 

カフェソードフィッシュ / Cafe Swordfish
とある街の5街建てビルの屋上にあるという架空のカフェ、ソードフィッシュ。
その物語をモチーフに、様々なジャンルのクリエイターが創作活動を行う、コンテンツサイト&オンラインストア。

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| 対談 浅田弘幸×大森暁生 | 16:47 | - | - | pookmark |
対談 浅田弘幸×大森暁生(4)

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生トークライブ at D.B.Factory

花の咲く場所 -Flowers Always Bloom Somewhere-

 

 

 

 

 

去る2017年5月4日に開催した、

漫画家・浅田弘幸さんと、彫刻家・大森暁生さんのトークイベントの模様を

全10回にわたってリポートします。

 

 

 

司会・テキスト 大塚茂之(Cafe Swordfish)

写真 縣 ケンジ/ AGATA Kenji ※記事中、表記のないものすべて

 

 

 

 

 

 

 

 

第4回 アシスタント制と工房制


 

 

 

多くの漫画家さんには一緒に作品を作っているアシスタントさんがいるということは、わりとよく知られている事実かもしれませんが、彫刻家である大森さんも、スタッフさんと分業で作る工房制で作品を作られています。

 

 

自分の作品の一部を誰かに預けるということ。単に雇う・雇われるというだけではない、経験という繋がりについて。

当日お手伝いいただいたD.B.Factory のスタッフの方々と、観覧席では浅田さんの元アシスタントの方々が見守る中での、その共通点と差異についてのふたりのお話。

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【大森】
浅田さんがアシスタントさんとお仕事をされるようになったのはいつからなんですか?

 

 

 

 

 

【浅田】
僕が始めて連載をスタートした20歳の時です。

でもそれは1年半くらいで終わって。その時雇ってたのは一人くらいなんですけど。

 

 

 

 

 

【大森】
漫画家さんの業界では、アシスタントさんを雇うというのが一般的なんですか?

 

 

 

 

 

【浅田】
そうですね。漫画の連載って、人に手伝ってもらわないと成立しないんですよ。

今はコンピューターとかあって、随分手間が省けるようになったと思うんですけど、僕の時代はとにかくもう全部手作業だったんで、連載が始まるとアシスタントを入れて、終わると解散する、というのがふつうの形だったんです。

 


僕は月刊誌(月刊少年ジャンプ〜ジャンプSQ 集英社刊)で描いていたので、週刊で連載している人よりもっと手間のかかったものを、連載一回分のクオリティがより長持ちするものを描かなきゃいけないと思っていて。

『I’ll(アイル)』っていう作品は9年ぐらいやったんですけど、その間にアシスタントのメンバーが大体固まってきて、歳を重ねるごとに一人一人の技術がものすごく上がってきたんですよ。 その『I’ll』が終わった頃、僕は30代後半だったんで、少年漫画を描くのは次が最後かもしれない。なら、その連中で初回からクオリティの高いものをやろうと。始まる前から絵の方向性、コンセプトからみんなに説明して『テガミバチ』を始めたっていう感じですね。『I’ll(アイル)』とは画面の印象をかなり変えたので、古参のアシ君はめっちゃ困惑してました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【大森】

浅田さん自身もアシスタントの経験があるんですよね?

 

 

 

 

 

【浅田】

はい。

小谷憲一さんという、昔、週刊少年ジャンプで『テニスボーイ』っていう漫画を描かれていた先生のところで、18歳から2年半くらい。初連載のネームが通るまではずっとそこでアシスタントをやってました。

 

 

 

 

 

【大森】

その先生を選ばれたのはどうしてなんですか?

 

 

 

 

 

【浅田】

雑誌が同じだったんです、投稿した雑誌が。
で、家も近所だっていうことで担当(編集者)さんが連絡をくれて。


うーん、漫画の世界で「この先生に!」って希望して行くパターンってあるのかなあ?

 

 

 

 

 

【大森】

そうなんですか?

 

 

 

 

 

【浅田】

掲載誌の目次とかで募集をかけてれば、その目当ての先生のところに応募するってことはあるかもしれないですけど、それが叶うことがどれだけあるのかなって感じですね。
そこで人材としてストックされて別のところに、自分のテイストとはかけ離れた人のところに手伝いに行くこともありますし。

 

 

 

 

 

【大森】

はああ、そうなんですねえ。

 

 

 

 

 

【浅田】

そこはちょっと美術とは違いますよね。

 

 

 

 

 

【大森】

漫画家さんのアシスタントさんていうのはバックミュージシャン的なイメージなんですかね。割と職人的な。

もちろん、その人もいつかは主役にと思ってらっしゃるんでしょうけども。

 

 

 

 

 

【浅田】

ほんとピンキリですよ。助っ人で一日でパッと役に立つやつもいれば、長ーいこといてあまりの実りのないパターンもありますし。まあほんとにその人によるところですね。でも一つ言っておきたいのは、いくらアシスタントとしてのスキルがあっても、漫画家になれるかどうかはまた全然違うんです。ある程度の技術は何年かやれば習得出来るけど、作家性というのは、その人自身が磨いていかないといけないんで。

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【大森】

美術は、ただでさえ食えないっていうイメージの世界ですし、人を雇うなんてもう、もってのほか
なんですけど(笑)

 

 

自分は20代の頃、籔内佐斗司先生という彫刻家さんの元でアシスタントをさせて頂いていました。「せんとくん」のデザインをされた方という説明が一番わかりやすいかな。あのお仕事で一般的にも広く知られましたが、その前から美術界では大変な大先生だったわけですけれども、大学生の頃に作品を拝見して大ファンになって。
ファイルを持って工房に見学に行かせていただいて、働かせてくださいなんてとてもじゃない、考えもしなかったんですけど、そしたら作品のファイルを見てくださって、明日から手伝わないかって声をかけてもらって。

 

 

 

 

 

【司会】

明日から(笑)話が早いですね。

 

 

 

 

 

【大森】
帰ってから風呂ん中で1時間ぐらい悩みました。ヒザ抱えて(笑)

 


僕が入った時は5人ぐらいでしたかね。その籔内先生が工房制で作品を作られていたんです。

最後、僕が独立する間際には大きなお仕事が入ったのもあって、30人ぐらいの大所帯になってたんですけど。

 

 

 

 

 

【浅田】

30人!?

 

 

 

 

 

【司会】

工房制というと、まず作家の先生がいらっしゃって、それを支えるスタッフの方がいて、みんなで作品を作り上げる分業制というような。

 

 

 

 

 

【大森】

そうです、そうです。
僕は当時、アシスタントのイメージって、先生がこう放り投げた道具を後ろから拾い集めて回るとか、そういうのがあったんですが。

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【大森】

あんまりいいイメージじゃなかった。実際そういう作家さんを見てたことがあったんですね。

なので、そういうのはイヤだなと思っていたら、いきなり作品を磨かされたり、彫らされたりして。それでアシスタントってもののイメージがガラッと変わりました。

 

 

 

 

 

【浅田】

そこでそのシステムを学んだってことですかね。

 

 

 

 

 

【大森】

そうですねえ。ただ、そこの仕事をしていてすごく幸せだったんですけど、実は、将来的に自分がそのシステムをやろうとは全く思ってなかったんですよ。だからあんまりアシスタントとか工房制っていうことに関しては学ぼうって意識はなくて。もちろん他のことはいっぱい学びましたが。

 

 

それから、先生のところに8年弱ぐらいいた後、30歳で独立しまして一人でやっていたんですけれども、30代後半ぐらいになって、予期せぬことだったんですけど、ちょっと手を故障しまして、彫刻刀が持てなくなっちゃって。その時にその状態がいつまで続くのかわからなかったので、仕方なく、その時展覧会に来た芸大生の子に声をかけたと。

だから本当にもう手が治るまでの一時的な措置のつもりだったんです。

それが一緒に仕事をしてみると、大変なこともありますけど、楽しいこともあって。

その時に気づいたんですよ。自然と工房制ができてるということに。

 

 

でも、まわりを見渡してみると美術業界にはあんまりいなかったんです。工房制でやっている作家は。

 

 

(観覧席の)皆さんからすると、作家ってなんかこう、山の中で作務衣を着て一人でっていうイメージありません? そうすることで作品にそのままその人・作家本人の何かが強烈に入るみたいな。
そういうことを期待されるが故なのか、割と工房制っていうのは昔からちょっとこう軽く見られるってところは歴史的にはあるんですね。アール・ヌーボーとかアール・デコとかいう時代でも、工房制ってなると急に商業的になるというか。

だから、そうやって作った作品に対してお客様が「あ、これ自分一人で作ったんじゃないんだ」って言われることがあって、それがものすごくイヤと言いますか、一番屈辱的なことぐらいに思っていたんですね。昔は。

 

 

それから物理的に仕事量が増えて来まして(作品が)なかなか量産できるものではないので、ある程度需要に合わせることを考えれば、自分が作らなきゃいけないパーツであったり主人公に極力集中して、それ以外の任せられる仕事は、そこは分けてもいいのかなって。楽をするためではなく、あくまで需要に対応するための分業だと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【大森】

 

周りからは、うちは若い子たちと楽しくやっているように見えるらしくて。
で、スタッフをつけてみる友達もいるんですけど、その人から、
「アシスタントって、何を頼めばいいの」って言われて(笑)

 

 

 

 

 

【司会】

雇ったはいいけど、何をやらせたらいいのか(笑)

 

 

 

 

 

【大森】

そういうのを聞くと、うちは自然にそういう形ができたなあと。
それって、自分がアシスタントをやっていた当時の経験があってだなと、今になって思いますね。

 

 

 

 

 

【浅田】

漫画もね、アシスタントとして使われてそのシステムを学んで、自分が使う立場になった時にここは任せてもいいとか判断ができる。だからアシスタントの経験がない作家さんのところにアシスタントに行くと大変なんですよ。ムチャ振りがあったりとか。

 

 

 

 

 

【司会】

じゃあ、アシスタントを使って仕事をしようとする漫画家さんにとって、自分のアシスタントの経験て大事なんですね。

 

 

 

 

 

【大森】
将来的にその人のとこで働くアシスタントさんにとっても大事なのかも(笑)


まあ、自分が当時こう思っていたことを彼らも思っているんだろうなと。その辺は手に取るようにわかる(笑)
だから、いい関係ができるのかもしれないですね。

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【大森】

工房制を取る作家は多くはいませんが、普段ひとりでやられている作家さんが一時的にスタッフを使う場合はあるんです。例えば大きなプロジェクトが入った時だけ各美大に声をかけて、ワーっと一時的に集めて、終わったら解散みたいなことは多いです。

 

 

 

 

 

【浅田】

傭兵部隊みたいな。

 

 

 

 

 

【大森】

ああ、そうですね。ただ、同じアシスタントであっても例えばその単純作業を任せるだけだったら一時的に集めたスタッフでも事足りるかもしれないんですけど、非常にキザなことを言うと、さっきの動物の件で生きている / 生きていないで言うと、
最終的なね、目とか大事なところを作るのは僕にしても、全体に出るオーラみたいなものって、携わる人が愛情を持ってくれないと出ないんじゃないかなって思うんですよ。その愛情を、もちろん僕自身のレベルで持ってくれってのは難しいかもしれないですけど、ある程度の愛情を持って接してもらうためには一時的に集めた人たちでは無理なんじゃないかと。そう思うとスタッフとの日頃の関係も作品にとって大事なのかなあと。

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【司会】

今日の会場が大森さんの工房というわけで、大森さんのスタッフの方もこの話を聞かれているわけですよ。そして浅田さんの元アシスタントの方も会場にいらっしゃるという。

 

 

 

 

 

【大森】

単純に、おひとりで仕事するのと、アシスタントさんとやってた時とどっちが楽しいんですか。

 

 

 

 

 

【浅田】

そうですね、今は解散してひとりでやってますけど。
うーん。いや、楽しいのはひとりです。

 

 

 

 

 

【司会】(元アシスタントさんに向かって)

だそうです(笑)

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【浅田】

一番楽しいです(笑)

 

 

それはだってしょうがない。人と仕事をするっていう、それはやっぱり自分の大事なものを人に預けるわけですから、そこをどう割り切るかってところには葛藤があって、どうしようかな、やっぱり俺描いちゃおうかなとか(笑)ひとりだとそういう気苦労がないというか。
全部俺が描きゃいいよとか(笑)

 

 

それが漫画の連載となると、どんどん間に合わなくなってくるので、その時はそうやって人にお願いしてまたやるしかないのかなあと思ってますけど。

 

 

 

 

 

【大森】

僕も最終的にはひとりでやりたいなと思ってるんです。
工房制がイヤなわけじゃないですよ(笑)今後の関係のため一応(笑)
イヤなわけじゃなくて、今はそれを楽しんでます。

 

 

 

 

 

【司会】

そういうことを踏まえて言うと、今回のイベントをやらせていただくにあたって、工房のスタッフの方には事前準備から設営、運営のお手伝いまで大変お世話になりまして。皆さんの積極性が素晴らしいなと思っていたんですけど、その方達もですね、これから作家としての道を歩もうとしている人もいるでしょうし、いずれ独立ということがあると思うんです。

 

 

 

 

 

【大森】

もちろん。すでに作品の発表を始めているスタッフも、何人もいます。

 

 

 

 

 

 

【司会】

先ほどの漫画家さんがアシスタントを経験することで、アシスタントの使い方を学ぶということがありました。経験というのは素晴らしいことで。ここから巣立った後、それが生かされる時がきっとくると思うんです。そういう学びの場所でもあるのだなあと。

それがとてもまぶしく見えました。この天窓くらい(笑)

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 

【大森】

美術家って、本当に何度も言いますけど、食べれないわけですよ、若い頃は。

 


自分が若い頃、「彼は大森君っていって芸術家なんだよ」って紹介をしてくれる人がいるわけですよ。良かれと思って。
僕自身は自分の職業のことは彫刻家と名乗るようにしていて、芸術家とは言わないんですけど。

でも、「芸術家」だって紹介してくださる方がいるわけです。すると、すごいですね! て言ってくださる方もいるんですけど、世の中には「芸術家」って言葉にすごくカチンとくる人がいるんですよね(笑)
「え? だからなんなの? 芸術家って言って、食えてんの?」っていう人がいるんです。

 

 

 

 

 

【浅田】

ええ。わかります。

 

 

 

 

 

【大森】

こっちはそう紹介されただけなのに、向こうから急にトゲトゲした言葉を投げられる(笑)

 

 

それで当時は「まだ全然食べれてなくて」という話をすると、
「じゃあそれ趣味じゃん」てなるわけです。「ええ、今のところは」みたいな感じで答える。
でも、それじゃあ悔しいんで、頑張ってなんとかこう食べれるようになるわけです。一人でなんとか食べていけるくらいに。

すると今度はなったらなったで「いいよねー、好きなことだけやって食べてて」と言われる。

 

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【大森】

「芸術家って気楽でいいよねー」って人がいるわけです(笑)
そういう人が例えば100人の中にひとりいるだけで、とても気になる。性格的に(笑)

 

 

 

 

 

【浅田】

もっといると思います。「好きなことをやれていいよね」は、たしかに昔、よく言われたなあ。

 

 

 

 

 

 

【大森】

なので結果的にではありますが、怪我がきっかけで、経営的にはカツカツながらもスタッフ達と一緒に仕事をするようになって、やっぱりわずかでも世の中に雇用を作ったっていうことが、自分の中でびっくりするくらい大きい気持ちの変化だったんです。

当時はね、まだ雇用なんて言えるほど立派じゃないですけど、一応これで何を言われてももう、社会に貢献しているんだと、堂々としていられると。そこが一番大きくて。
工房制については、今ではそういうアイデンティティ的な面も大きいですね。

 

 

 

続く。

 

 

 

 

 

目次

 

 第1回 黒い壁の中へようこそ(5/17 UP)

 第2回 義眼神父と火の頭蓋(5/22 UP)

 第3回 コラボレーションはトレードマークで(5/26 UP)

 第4回 アシスタント制と工房制(6/4 UP)

 第5回 やりたくない仕事はありますか?(6/6 UP)

 第6回 うみんちゅ君(6/7 UP)

 第7回 まんが道とはぐれ刑事純情派(6/10 UP)

 第8回 上村一夫さん(6/20 UP)

 第9回 浅田さんと大森さんに訊いてみたいこと(6/20 UP)

第10回 少し先の未来(6/20 UP)

 

全10回を公開しました。

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生×Cafe Swordfish

スペシャルコラボアイテムのご注文はこちら

 

延長後のオーダー締切は

6月25日(日)夜10時まで

とさせていただきます。

よろしくお願いいたします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸 / HIROYUKI ASADA
漫画家。1968年神奈川県横浜市生まれ、鎌倉市在住。1986年に集英社月刊少年ジャンプでデビュー。
代表作に「眠兎」「蓮華」「I’ll」「テガミバチ」。アニメのキャラクター原案や、イラストレーターとしても活動中。
筋肉少女帯のCDジャケットや宮沢賢治作品、中原中也詩集の表紙など手掛けている。

https://twitter.com/asadercover

 

 

 

                                   Photo by Nojyo

 

 

大森暁生 / AKIO OHMORI

東京都出身 愛知県立芸術大学美術学部彫刻専攻卒業。
彫刻家 籔内佐斗司氏のアシスタントを経て独立。氏

国内外のギャラリー、百貨店、アートフェア、美術館等での個展や展示に加え、
多くのファッションブランドとのコラボレーションなど幅広く作品を発表。
フォトエッセイ+作品集「PLEASE DO DISTURB」(芸術新聞社)、
大森暁生作品集「月痕 つきあと」(マリア書房)を刊行。

akioohmori.com

 

 

 

      

                                ©️HIROYUKI ASADA, Cafe Swordfish

 

 

カフェソードフィッシュ / Cafe Swordfish
とある街の5街建てビルの屋上にあるという架空のカフェ、ソードフィッシュ。
その物語をモチーフに、様々なジャンルのクリエイターが創作活動を行う、コンテンツサイト&オンラインストア。

cafeswordfish.com

 

 

 

| 対談 浅田弘幸×大森暁生 | 14:54 | - | - | pookmark |
対談 浅田弘幸×大森暁生(3)

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生トークライブ at D.B.Factory

花の咲く場所 -Flowers Always Bloom Somewhere-

 

 

 

 

 

去る2017年5月4日に開催した、

漫画家・浅田弘幸さんと、彫刻家・大森暁生さんのトークイベントの模様を

全10回にわたってリポートします。

 

 

 

司会・テキスト 大塚茂之(Cafe Swordfish)

写真 縣 ケンジ/ AGATA Kenji ※記事中、表記のないものすべて

 

 

 

 

 

 

第3回 コラボレーションはトレードマークで


 

 

 

このページをお読みいただいている方は、もうすでにご覧になっているかと思いますが、今回のトークイベントを行うにあたってのスペシャルコラボレーションとして、浅田さんがイラストを描き下ろしてくださいました。

そのモチーフとなったのが、大森さんが主宰する工房、D.B.Factoryのマークであり、氏の代表作の一つでもある『ぬけない棘の狼』。

 

 

 

 

 

 

 

 

第3回では、元々のマークが生まれた経緯や、コラボイラストを通して浅田さんが感じた、大森さんの作品のある印象などを語ってもらっています。

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【司会】

(ステージ後方に貼られた、浅田さんのイラストによるD.B.Factoryのマークを見ながら)

最初に大森さんがこのロゴマークを作られたとき、彫刻家にマークがいるの?という話もあったそうですね。

 

 

 

 

 

【大森】

それに関しては、若い頃、試行錯誤していたというか。

 

自分の作るものって、発売日があって、その日になれば全国に並ぶというものではないので、これをどうやって広めていったらいいんだろうっていうのがあってですね。


例えば、一点ものの作品は美術品として発表して、そうじゃないものはファクトリーラインみたいなものが作れないかな、っていうのを当時、漠然と考えていたんですね。

で、そうなった時に、まず、ロゴマークがないとダメだろうと思ったんです。

……なぜか(笑)

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【大森】

これ、よくわかんないな(笑) 自分で言ってて、よくわかんない(笑)

 

 

 

 

 

(筆者・補足)

ここでは冗談交じりに話されたような形になっていますが、実はこの点、大森さんの仕事を理解する上で大変重要なポイントとなります。

作品を作るだけでなく、どう伝えていくか。そのために何が必要か。

まだ世に出ていない若い頃から、多くの同業者とは違う視点で物事を見ていたことがわかります。

 

 

 

 

 

【司会】

彫刻家さんでそういうマークを持たれている方っていうのは、他にもいらっしゃったんですか?

 

 

 

 

 

【大森】

多分いなかったと思います。

だからまあ、周りから茶化されましたよ。「カッコつけ」だとか「ブランドのつもりか」とか、いろんなこと言われまして。

 

 

実際、まあ、その時は名刺ぐらいにしか使うところがなかったんですけど、

でも、自分としては真面目に考えていたんです。

 

 

なので、その後、めぐりめぐって、(前章の)照井さんや、いろんなアパレルの方とお仕事をやらせていただいた時に、みんなが知ってるようなそのブランドのマークと一緒にこのマークが並んでいるのを見た時は、本当に嬉しかったですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【司会】

今回、このイベントをやらせていただくにあたって、浅田さんにこのD.B.Factoryのマークをイラストとして描き下ろしていただきまして、うち(Cafe Swordfish)の方で商品化、販売させていただくという形になりまして。
 

 

 

 

 

【大森】

いやあ、嬉しいですよ。本当に嬉しいですし、感慨深い。

マークも成長していくんだなと。

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【浅田】

これは筆ペンで描いたんですよ。

いろんな画材を試した中で、あえて描きづらい、一番柔らかい筆ペンで。

作品そのもののフォルムを(緻密に描き込める画材で)再現するんじゃなくて、ざっくりした線を使ってイメージで描くみたいな形にしたんですけど。

 


このね、目が。

大森さんの彫刻の目が、どうしても描けなくて。

 

 

 

 

 

 

【大森】

そうなんですか。

 

 

 

 

 

 

【浅田】

何度もホワイト入れて直したんですよ。

ほんと、なんだろう、俺には描けない目なのかなって。

 

 

大森さんて、本当に明るくて、社交的で、めちゃめちゃいいお兄ちゃんじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

【大森】

(笑)

 

 

 

 

 

 

【浅田】

なのに、何故か、ものすごい冷たいものを感じる時があるんです、彫刻の中に。

そう思いながら描いたんですけど。

 

 

 

 

 

 

【大森】
前に写真家さんに言われたことがあります。そういうことを。「氷点下の冷静さ」とか。

 

 

でも、どうなんでしょうね。目だけはわかんないですね。 この仕事をやっていて、お誉めいただいたりすることもあって、それはもちろん嬉しいんですけど、ただ、コントロールが効くところと効かないところが自分であると思っているんですね。

 


もちろん、キャリアとともに技術は絶対上がっていくんです。こうノミ跡を入れれば、パシッと形が決まるとか、ドラマチックに見えるとか、そういった(技術的な)ことはあるんですけども、あのー、目だけはコントロールが効かない、といいますか。

 

 

 

 

 

【浅田】
ほう。

 

 

 

 

 

 

【大森】
自分であんまりわかっていないんです。なぜそうなっているのかの、理由が。
それ以外の部分は、形の出し方とか、一応、理屈に基づいた技術で作っているわけなんですけど。

 

 

……あの、あるじゃないですか、小さい子が、空想で作り出すお友達がいて、何歳かまでは見えていたけど、ある時、ふっとその神通力みたいなものが消えて見えなくなっちゃったとか。
(目に関してのことは)なんかそういうものに近い気がしていて。

 

 

自分の作品は、動物とかの「生きている」というところが生命線だと思っているんですけど、そこに関しては、次の日の朝に起きたら、それがふっとなくなっちゃってるんじゃないか、という不安は正直あるんです。 作品のある程度のフォルムは作れるんですよ。突然まったく作れなくなるってことはありえないですけど、目だけは、それ(不安)はあるんです。

 

 

 

 

 


【浅田】
いろんな彫刻あるじゃないですか。動物だったら、もう少し柔らかい雰囲気で親しみやすい作品も多い。

けど、大森さんの彫刻は、たとえ小さな動物でも近づき難い雰囲気があるんですよ。すごく。

人知の及ばない怖さをもってるというか。


作品がキャラクターじゃないんですよね。だから僕が描けなかったのかなあ、と思って。

 

 

 

 

 

 

【大森】
そんなにご苦労をしてまで描いてくださったとは。ありがとうございます。
でも、このD.B.Factoryのロゴマークは、もとは(ベタ塗りの)シルエットの状態なんですけど、
今回のイラストではノミ跡の陰影をつけてくださっていて、その光の当たった感じとかが、当たり前なんですけど、やはり浅田さんのテイストなんですよね。

 

 

 

続く。

 

 

 

 

 

目次

 

 第1回 黒い壁の中へようこそ(5/17 UP)

 第2回 義眼神父と火の頭蓋(5/22 UP)

 第3回 コラボレーションはトレードマークで(5/26 UP)

 第4回 アシスタント制と工房制(6/4 UP)

 第5回 やりたくない仕事はありますか?(6/6 UP)

 第6回 うみんちゅ君(6/7 UP)

 第7回 まんが道とはぐれ刑事純情派(6/10 UP)

 第8回 上村一夫さん(6/20 UP)

 第9回 浅田さんと大森さんに訊いてみたいこと(6/20 UP)

第10回 少し先の未来(6/20 UP)

 

全10回を公開しました。

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生×Cafe Swordfish

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延長後のオーダー締切は

6月25日(日)夜10時まで

とさせていただきます。

よろしくお願いいたします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸 / HIROYUKI ASADA
漫画家。1968年神奈川県横浜市生まれ、鎌倉市在住。1986年に集英社月刊少年ジャンプでデビュー。
代表作に「眠兎」「蓮華」「I’ll」「テガミバチ」。アニメのキャラクター原案や、イラストレーターとしても活動中。
筋肉少女帯のCDジャケットや宮沢賢治作品、中原中也詩集の表紙など手掛けている。

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                                   Photo by Nojyo

 

 

大森暁生 / AKIO OHMORI

東京都出身 愛知県立芸術大学美術学部彫刻専攻卒業。
彫刻家 籔内佐斗司氏のアシスタントを経て独立。氏

国内外のギャラリー、百貨店、アートフェア、美術館等での個展や展示に加え、
多くのファッションブランドとのコラボレーションなど幅広く作品を発表。
フォトエッセイ+作品集「PLEASE DO DISTURB」(芸術新聞社)、
大森暁生作品集「月痕 つきあと」(マリア書房)を刊行。

akioohmori.com

 

 

 

      

                                ©️HIROYUKI ASADA, Cafe Swordfish

 

 

カフェソードフィッシュ / Cafe Swordfish
とある街の5街建てビルの屋上にあるという架空のカフェ、ソードフィッシュ。
その物語をモチーフに、様々なジャンルのクリエイターが創作活動を行う、コンテンツサイト&オンラインストア。

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| 対談 浅田弘幸×大森暁生 | 03:48 | - | - | pookmark |
対談 浅田弘幸×大森暁生(2)

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生トークライブ at D.B.Factory

花の咲く場所 -Flowers Always Bloom Somewhere-

 

 

 

 

 

去る2017年5月4日に開催した、

漫画家・浅田弘幸さんと、彫刻家・大森暁生さんのトークイベントの模様を
全10回にわたってリポートします。

 

 

 

司会・テキスト 大塚茂之(Cafe Swordfish)

写真 縣 ケンジ/ AGATA Kenji ※記事中、表記のないものすべて

 

 

 

 

 

 

第2回 義眼神父と火の頭蓋


 

 

 

イベントの準備に追われているうちに、気がつくと初夏と言われる季節になっていました。

ゴールデン・ウィーク中の開催とあって、遠方からも沢山おいでくださっている観覧席には、陽気のせいか、すでにTシャツ1枚の方も。

昼間の開催ではありましたが、飲み物のメニューにビールを用意しておいてよかったなあと思っていたところ、イベント終了後、実はそのほとんどが手付かずで残っていたことがわかりました。

な、なぜ!?

 

 

 

 

後から聞いたお客さんの声によると、周りを見渡したら誰も呑んでいる雰囲気じゃなかったのでやめておこうと思ったそう。ある方はドリンクチケットでビールはもらったものの、トーク中に「プシュッ」と音を立てることが憚られて、結局最後まで手に持ったままだったとのこと。

手の中でどんどんぬるくなっていくビール! なんという穏やかな絶望!

 

 

 

 

イベント自体、もっとフランクな感じで楽しんでもらえたらと思っていましたが、その辺を伝えきれなかったのは私のミス。

申し訳ありせんでした。

※残ったものは後でスタッフがおいしくいただきました。

 

 

 

 

さて、第一回目だった前回は、お二人が出会うことになった経緯と、それぞれの仕事場を訪問した時のことなどを伺いました。

お好きなものも近く、多くの共通点を持たれているお二人。人生の岐路となったお仕事に関しても、同じ人物の名前と、10年前に解散した、とあるアパレルブランドの名前が上がったのでした。

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【司会】

先ほど「ケルト&コブラ」という言葉が出ましたが。

「ケルト&コブラ」というのは、ブランキージェットシティというロックバンドのベーシスト、照井利幸氏がデザイナーをやっていた、洋服のブランドで(2007年解散)、私(大塚)はそこに在籍していたっていうご縁で、お二人と知り合わせていただいて。

まず、浅田さんとは、その照井さんとのコラボレーションとして漫画を発表されていたっていうのが、そもそものきっかけでした。

 

 

 

 

(浅田さんの画集『WATER』の巻末に収録された、照井利幸×浅田弘幸の作品ページを開いて、観覧者にお見せする。ケルト&コブラの服を纏い屋根のない車に乗る男が、とある街角で少女と出会い、それまでたった一人の家族だった義眼の神父が眠る場所に訪れる)

 

 

 

 

「心が美しいのさ…………分かるか?」義眼神父 ヴェレネール

 

 

 

 

 

 

 

 

【浅田】
これ、元々は雑誌の企画で、アパレルとコラボで、その洋服を着たキャラクターをイラストに描こうっていう企画だったんですけど。

 

 

 

 

 

(筆者注:以前、浅田さんから聞いたお話だと「それだったらケルト&コブラが描きたい!」と本人が希望なさって、編集部の方からオファーされた模様)

 

 

 

 

 

【浅田】

それをお願いに行くっていう時に……ケルト&コブラじゃないですか。照井利幸さんですよ。

(会った際に)自分のあるものをもっと強烈に出さないといけないんじゃないかというお話をさせていただいて。

照井さんも、「浅田くんの今までの人生の中で一番誇れるものを描いてくれ」と。

 

 

 

 

 

【司会】

おお、それは。

 

 

 

 

 

【浅田】

それだったら僕には漫画しかないんで、イラストではなく漫画を描きたいですと。そういう話をさせていただいて実現した企画です。

 

 

 

 

 

【司会】

なるほど。

 

 

 

 

 

【浅田】

仕上がった時の気持ち良さ、自分がこの先どこへ向かおうかということも含めて、この仕事は自分のキャリア的なキーポイントになりましたね。それにこの時につながった人や出来事が、今も強く効いてるなというのをとても感じてます。

 

 

 

 

 

 

 

 

(筆者:補足)

それから数年後、画集『WATER』に件のコラボ作品を収録されるにあたって、浅田さんから照井さんに改めてその許可を得たいとの連絡を、たまたま私の方にいただきまして、メールで本人に連絡をとりました。

その返事がごく短いものながら、まるで映画の中のワンシーンのように粋だったので、さすがはボス! と唸りながら、そっと浅田さんに転送したのでした。

 

 

 

 


件のコラボ作品が収録された浅田さんのイラスト集『Water』

(集英社 刊)

※筆者私物の写真です。

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

 

【司会】

大森さんとは、10年以上前になりますが、渋谷にケルト&コブラの直営店がありまして。そこに頭蓋骨をかたどったブロンズの燭台が置いてあったんですけども。

 

 

 

 

(スタッフさんが実物を運んでくる)

 

 

 

 

『火の頭蓋』

 

 

画像リンク 『火の頭蓋』木彫オリジナル
 

 

 

 

 

【大森】

その頃、僕は美術の世界で全然駆け出しで。

美術家って全然食えないってイメージありますよね。食えない上にやっていることは仕事なのか趣味なのか、なんかあやふやなもので生きている人たちって。自分もその一人なんですけど、ちょっとそれに対するアンチテーゼもありまして、美術の世界だけに留まるのがイヤだなあと、漠然と思っていたんですね。

で、会う人会う人に自分の夢みたいなことを伝えていく中で、いつかは美術の世界じゃない人たちとも仕事をしたいということを言っていたら、たまたま照井さんのところで働かれていた方がご縁をつなげてくれまして、で、照井さんの事務所に呼ばれましてですね……先ほどの浅田さんのお話と一緒です。僕はですね、待ち合わせの時間の1時間前に行きましたね、怖くて。遅刻したらえらいことだと思って、パーキングで1時間。

 

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

 

【大森】

それで事務所に行きましたら、照井さんが髑髏型の燭台を作りたいんだと。
あの、髑髏の燭台っていうのは、めずらしいものではないんです。それこそ世界中にある。ただ、その、世界中に髑髏の燭台っていうのがある中で、世界一のものを作ってくれと。
それを聞いて、ああ、えらいことだなあと思って。
でも、その場で、できますって言って帰ってきちゃったんですね。

 

 

 

 

 

【司会】

そこは言うしかないですね。

 

 

 

 

 

【大森】

で、できたのがこれなんです。

 

 

 

(大森さん『火の頭蓋』を手に取る)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原型は、僕、木彫家なんで、元は木で作ってるんです。

原型は照井さんがお持ちになってます。
それの型を取って、金属を流し込んで作るものが鋳物と言われるもので。
いわゆる校長先生の像みたいな。

 

 

で、ここ(顎の部分)が外れまして、ここにキャンドルを乗せて火を灯すと、
(頭蓋部分をかぶせる)ここの後ろの透かし彫りから炎の光が、レースみたいな感じで照らし出されるという作品なんですけど。

 

 

画像リンク 『火の頭蓋』ブロンズ製

 

 

 

 

 

 

【客席】

おおー!

 

 

 

 

 

【大森】
あ、年号がある。2003年? 2003年のお仕事ですね。

 

 

 

 

 

 

【浅田】

そんな前ですか。

 

 

 

 

 

 

【大森】

そうですね。これが本当に異業種の方とのお仕事をしたという意味では一番最初だったと思いますね。
この作品のおかげで、それこそいろんなアパレルさんと仕事をさせていただいたり、
ミュージシャンと仕事させていただいたり、それが繋がって今日があるわけなんですけども、ほんとに、そのきっかけです。
浅田さんも照井さんとのお仕事がいろんなことのきっかけだったというのを聞いて、これも面白いご縁だなと思いますね。

 

 

 

 

 

 

【浅田】

今、僕ら3人がこうしてつながっているのも、照井さんのおかげですもんね。
でも『火の頭蓋』、これ欲しかったなあ。

 

 

 

 

 

【大森】

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

【浅田】

買えませんでしたけど(笑)

 

 

 

 

 

【司会】

スタッフの私も買えませんでしたから(笑)

あのー、お寺の住職さんがお買い上げになりましたね。
通りすがりに外から見かけられて、とても力がある、と仰って。

 

 

 

 

 

【大森】

そんなお話もありましたね。美術評論家に褒められるより嬉しかった。

もうお出しすることもないんですが、随分といろんなことにつなげてくれました。

 

※『火の頭蓋』はブランド解散に伴い販売終了。
 

 

 

 

 

 

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【大森】

(アパレルブランドの話から)浅田さんの作品てこう、服がどれもかっこよかったり、かわいかったり、お洒落だなあと思ってるんですけど、
洋服もともとお好きだったんですか?

 

 

 

 

 

 

【浅田】

そう…ですね。現代物を描いていた時は、リアルな高校生が部活で履く靴みたいなのも一所懸命調べて描いていました。 洋服も個性じゃないですか。キャラクターごとに、こいつはこういうものを選ぶんだっていうのを細かく決めていく感じで。 でも、自分が好きなものもどんどん入れたくなっちゃうんだけど。そうなるとちょっと、キャラクターと合わないな、合わないんだけど好きだからイラストでは着せちゃえとか(笑)

 

 

 

 

 

【大森】
普通に発売できちゃうんじゃないかぐらいのデザインで。

 

 

 

 

 

【浅田】

いやいや、絵の中のフォルムなんで。オリジナルのデザインだと実際に着たらちょっとおかしいだろうっていうものも多いですよ。 絵で描いて映えることへのこだわりですから。

 

 

 

 

 

【大森】

服がかっこいいとそれで一枚、絵が成立しますよね。

 

 

 

 

 

【浅田】

そうですね。なのでそれを決める、そこに至るまでが、いつも大変で。苦労してます。


 

 

 

 

 

□ □ □ □ □ □

 

【司会】

彫刻家さんという立体の作品を作られているお仕事と、漫画家さんという紙面、平面に線を引いて作品を生み出されているお仕事。

違う手法を取られている中で、お互いが感じる共通点などありますか?

 

 

 

 

 

 

【大森】

自分で言うと恥ずかしいですけど、ちょっとこう空想の入れ方が、男好きのするロマンチストなところはあるような気がする。

動物にツノ生やして見たり。そういう癖はあるような気はしますけども。

浅田さんの作品を初めて見た時はそう思いました。

どうですか? 浅田さんの方は。

 

 

 

 

 

 

【浅田】
そう…ですか?

 

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

 

【大森】

あれ? 浅田さんは女性が好き? 

あ、いやいや(浅田さんが女性好きとか、そういう意味ではなくて、女性に好まれるところのロマンチックが、の意)

 

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

 

【浅田】

でも、やっぱり昔の少年漫画は、男の子、男性がかっこいいものが多かったと思うんですよね。「あしたのジョー」とか。
そういうのがやっぱりふつうに刷り込まれていて。というのはあると思います。

 


 

 

 

 

【大森】

骸骨はちっちゃい頃から好きだったんですか?

 

 

 

 

 

【浅田】

骸骨は、そうですね。

 

 

 

 

 

【大森】

僕もそうなんです。小学校の図工の課題に片っ端から骸骨を(笑)

 

 

 

 

 

 

【司会】

お母さんは心配したでしょうね(笑)

 

 

 

 

 

【浅田】

「人造人間キカイダー」って番組があって、ハカイダーって出てくるじゃないですか。
あっれがかっこよくて、かっこよくて! 小学校低学年の時、ハカイダーの脳みそのシワを描くのは俺が一番うまいぞって。

 

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【浅田】

脳みそって、田島さんじゃないんだから(笑)
(漫画家の田島昭宇さん。浅田さんと親しい)

 

 

 

 

 

【大森】

脳みそですか。浅田さんは中に行くんですね。中に。

あ、そう。後で話が出ると思うんですけど、僕の彫刻家になる前の夢が警察の鑑識官だったんです。

 

 

 

 

 

【浅田】

完全にアレですね、ちょっとシリアルキラー的な。

 

 

 

 

 

 

【客席】

(笑)

 

 

 

 

 

【大森】

そう、彫刻家になったおかげで真っ当に生きてこれました(笑)
 

 

 

続く。

 

 

 

 

 

目次

 

 第1回 黒い壁の中へようこそ(5/17 UP)

 第2回 義眼神父と火の頭蓋(5/22 UP)

 第3回 コラボレーションはトレードマークで(5/26 UP)

 第4回 アシスタント制と工房制(6/4 UP)

 第5回 やりたくない仕事はありますか?(6/6 UP)

 第6回 うみんちゅ君(6/7 UP)

 第7回 まんが道とはぐれ刑事純情派(6/10 UP)

 第8回 上村一夫さん(6/20 UP)

 第9回 浅田さんと大森さんに訊いてみたいこと(6/20 UP)

第10回 少し先の未来(6/20 UP)

 

全10回を公開しました。

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸×大森暁生×Cafe Swordfish

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延長後のオーダー締切は

6月25日(日)夜10時まで

とさせていただきます。

よろしくお願いいたします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅田弘幸 / HIROYUKI ASADA
漫画家。1968年神奈川県横浜市生まれ、鎌倉市在住。1986年に集英社月刊少年ジャンプでデビュー。
代表作に「眠兎」「蓮華」「I’ll」「テガミバチ」。アニメのキャラクター原案や、イラストレーターとしても活動中。
筋肉少女帯のCDジャケットや宮沢賢治作品、中原中也詩集の表紙など手掛けている。

https://twitter.com/asadercover

 

 

 

                                   Photo by Nojyo

 

 

大森暁生 / AKIO OHMORI

東京都出身 愛知県立芸術大学美術学部彫刻専攻卒業。
彫刻家 籔内佐斗司氏のアシスタントを経て独立。氏

国内外のギャラリー、百貨店、アートフェア、美術館等での個展や展示に加え、
多くのファッションブランドとのコラボレーションなど幅広く作品を発表。
フォトエッセイ+作品集「PLEASE DO DISTURB」(芸術新聞社)、
大森暁生作品集「月痕 つきあと」(マリア書房)を刊行。

akioohmori.com

 

 

 

      

                                ©️HIROYUKI ASADA, Cafe Swordfish

 

 

カフェソードフィッシュ / Cafe Swordfish
とある街の5街建てビルの屋上にあるという架空のカフェ、ソードフィッシュ。
その物語をモチーフに、様々なジャンルのクリエイターが創作活動を行う、コンテンツサイト&オンラインストア。

cafeswordfish.com

 

 

 

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